HOME » 刊行物 » 経済研究

論文要旨

Vol. 56, No. 2, pp. 111-122 (2005)

『社会的信頼,人的資本,そして学習効果のダイナミクス―備後縫製業産地の発展と変容を事例に―』
山村 英司 (西南学院大学経済学部)

経済発展の要因として,学校教育を通じて形成される人的資本,経験を通じた学習による諸個人の能力向上などが議論されてきた.また,長期的で濃密な人間関係を通じて形成される社会的信頼の役割も注目されている.これらの要因が相互に独立的に機能するとは考えにくいが,これまでそれらがどのように影響しあっているのかに光を当てた研究は数少ない.
 本論は広島県備後縫製業産地の過去30年にわたる発展と変容を対象にして,社会的信頼,人的資本が学習にいかに影響したかを実証的に分析する.
 統計的分析により次のことが明らかになった.発展に初期段階では,操業年数が長く社会的信頼を築き上げた企業の経営者ほど,経営者としての経験をつむことによる学習効果を促進する.一方,さらに発展が進み地域的に限定されない市場が機能するような段階になると,学習教育を通じて蓄積される人的資本が大きい経営者ほど,学習効果が高まる.このように,主に産地内部での下請けなどを利用して生産を行う産地発展の初期段階では,地域的な社会的信頼と経営者としての経験は補完的関係である.しかし,さらに発展が進み生産コストが低い産地外部地域での生産が進展すると,社会的信頼ではなく,学校教育によって培われた人的資本と経験年数が補完的関係になる.
 以上のように,社会的信頼と人的資本が経営者の学習効果に対して与える影響は,産地の発展段階に応じて変化していくことが分かった.