3.均衡為替レートの考え方

 

まず標準的な為替レートの決定方法について述べておこう。為替レートは、短期的には、不完全代替である自国通貨建て資産と外国通貨建て資産の資産選択過程で決定される。すなわち自国通貨建て資産に投資した場合の収益率(i)と外国通貨建て資産に投資した場合の収益率(i*)、名目為替レートの予想変化率(s、ここでは自国通貨建てで考える)及び外国通貨建て資産の保有に伴うリスク・プレミアム(ρ)を勘案して決めることになる。これを定式化すれば、

  i = i* + s - ρ(B*)   (1)

となる。(1)式は、自国通貨建て資産に投資した場合の収益率が、為替レートの変化率及びリスク・プレミアムを考慮した外国通貨建て資産への投資収益率に等しくなる裁定式である。ここで B* は、自国の外国通貨建て資産純供給量であり、通常は累積経常収支で表される。この外国通貨建て資産の供給が増加すると、それに見合った外国通貨建て資産の需要増をもたらすために、リスク・プレミアムは上昇しなくてはならない。したがってρ'>0 である。

一方為替レートの期待変化率は、

  s = π - π* + θ(g-e)  (2)

にしたがって変化すると考える。ここで π は、自国の(*がついた場合は外国の)期待インフレ率である。また g が両国の長期的な実体経済を反映した均衡レートであり、e が現実の名目為替レートとなる。また 0<θ<1 である。(2)式は、為替レートの期待変化率は、自国の期待インフレ率が外国の期待インフレ率を上回るとき、自国通貨の減価が予想され、現実の為替レートが均衡為替レートより減価している(g<e)場合には、その差の一部が修正され増価期待が生じることを示している。

(1)、(2)式を整理すると

  e ‐ g = 1/θ(r*‐r)‐ 1/θρ(B*)   (3)

となる。すなわち、現実の為替レートと均衡為替レートとの差は、両国の実質金利差または、リスク・プレミアムに依存する。すなわち、外国の実質金利が自国の実質金利を上回るようであれば、現実の為替レートは、均衡為替レートよりも自国通貨安へと動くことになる。また累積経常黒字の増加にともなう外貨保有のリスク・プレミアムの上昇は、現実の為替レートを均衡為替レートよりも自国通貨高の方向へ上昇させる。もし均衡為替レートを実体経済を反映するファンダメンタルズに基づいた為替レートであるとすると、現実の為替レートが、ファンダメンタルズから乖離する要因は、内外の金利差や投機家の外貨建て資産保有に伴うリスク・プレミアムといった金融市場の動向に左右されることになる。

それでは、均衡為替レートは、どのように求めればよいのか。Yoshikawa (1990) によれば、均衡為替レートは、自国と外国において国際的に取引される財の価格が等しくなるような為替レートとして定義されている。いま、貿易財が労働と輸入原材料によって生産されているとしよう。簡単化のために固定的な生産係数を考える。すると自国の貿易財価格(P)は、

  P = wa + Pmb  (4)

として表すことができる。ここで w は賃金率であり、Pm は輸入原材料価格である。a,bは労働力、及び原材料の投入係数を示している。もし貿易財及び輸入原材料の価格が、為替レート g を媒介として、国際的な一物一価にしたがうならば、

  gP* = wa + gPm*b  (5)

となる。一方外国の貿易財価格は、(4)式と同様、

  P* = w*a* + Pm*b*  (6)

となる。

(5)、(6)式から、国際的に取引される財の一物一価をもたらす均衡為替レート g は、

  g =(w/w*)[a/ {1-b(Pm*/P*)}] / {a* +(Pm*/w*)b*}  (7)

と表すことができる。この(7)式が均衡為替レートを算出するための基本的な式となる。(7)式をみると、均衡為替レートを決める要因として、まず両国の名目賃金比率(w/w*)があげられる。これは両国のインフレ格差をほぼ反映しており、自国の名目賃金率が外国の名目賃金率に比して上昇すれば、均衡為替レートは、自国通貨安に向かう。これは通常の購買力平価と同様の考え方であるが、(7)式はこの他に、自国の交易条件(Pm*/P*)及び両国の労働投入係数及び原材料投入係数によって均衡為替レートの動向が決まることを示している。すなわち自国の交易条件の上昇は、均衡為替レートを自国通貨高の方向に向かわせる。また自国の投入係数(aまたはb)の上昇は、労働、輸入原材料ともにそれぞれの生産性の下落を意味し、自国貿易財の上昇をもたらすことから均衡為替レートは自国通貨安に向かう。外国の投入係数の上昇の場合は、これと逆の方向へ均衡為替レートが動く。

このように Yoshikawa(1990)が提起した均衡為替レートは、単に両国の購買力を均等化させる要件だけでなく、交易条件や供給サイドの生産性格差など実体経済を反映したものとなっている。次節では、実際に日米と韓国、タイの間の均衡為替レートをどのように作成するかについて述べる。