3.国民所得統計の推計方法と原データ

 

ここでは主要部門の国内生産および消費・貯蓄・資本形成を対象に、1980−81年シリーズの下での国民所得統計の推計方法と原データについてスケッチしてみることにしたい(CSO,1989b)。

 

 

(1)農業および農業関連活動

当該部門は、農業、家畜・畜産物、および潅漑施設の運営より構成される。当該部門の粗付加価値は、産出額から生産過程で消費される原材料およびサービスの投入額を差し引き、それに政府潅漑施設の粗付加価値を加えることによって求められる。政府潅漑施設の運用より発生する粗付加価値の推計に際しては、従業員手当および減価償却を合計して求める所得アプローチが採用されている。

農業産出の推計に際しては、生産者に帰属する所得をできる限り正確に反映する価格が使用されることが望まれる。比較的先進的な州ではシーズンオフの価格が相対的に高くなる時期を見計らって相当規模の出荷される場合があるが、取引の大部分は収穫後3−4週間に相当する出荷の最盛期になされる傾向にある。そのために主要作物の産出を推計する際に使用される価格は、出荷の最盛期に一次市場(主として生産者からの商品が入荷する市場)において支配的な平均卸売価格であり、それは州別に集計される。

農業統計の原データは、農業省経済統計局(DEAg)によって提供される。土地利用統計データは、1884年以来の歴史を誇る Agricultural Statistics in India に基づいている。主要作物(穀物、豆類、脂肪種子、砂糖、繊維作物、薬・麻薬、香辛料、果物・野菜、その他作物など45品目)の作付け面積、産出高についての最終予測値は、収穫後4−5カ月のタイム・ラグをもって発表される Area and Production of Principal Crops in India(州レベル)に基づいている。そのため上記の主要作物は、予測作物とも呼ばれる。マイナー作物(プランテーション作物を含む非予測作物10品目)についてのデータは、1年のタイム・ラグをもって同じくDEAgによって発表される。

主要作物の耕作コストについてのデータは、 Cost of Cultivation Studies (CCS) に基づいており、その測定方式は1970−71年にDEAgによって確立された。CCSのデータが扱う項目は、1ha当たりの種子使用量、トラクター/潅漑ポンプ1台当たりオイル使用量(額)、電力使用量(額)、家畜用飼料、農薬・肥料、農機具の修繕、マーケティング(近隣市場への出荷)などである。

 

(2)製造業

まず、登録製造業から見てみよう。登録製造業には、「インド工場法」(1948年)および「タバコ労働者(雇用条件)法」(1966年)で規定されている従業員10人以上(動力を使用しない場合は20人以上)の全ての工場が該当する。ただし、工場法が対象とする工場であっても、「サービス」や「電力」部門に該当するものは除外される。製造業の対象となるのは、「CIC(全国工業分類)1987年」の第2類、第3類、それに産業グループ97に該当する産業である。

粗付加価値額の推計に際しては、産出額(工場渡し価格)から投入額(購入価格)を差し引いて求める生産アプローチが採用される。製造業の産出額には、製品の工場渡し額のみならず、サービス提供代金、工場で使用するという名目で生産された固定資産額なども含められる。

原データは、全国標本調査機構(NSSO)によって発表される Annual Survey of Industries (ASI) である。センサス部門(従業員50人以上−動力を使用しない場合は100人以上の工場−)及び電力事業体については、毎年調査が実施される。非センサス部門(従業員10−49人の工場−動力を使用しない場合は20−99人の工場−)については、毎年3分の1ずつサンプルが抽出され、調査が実施される。

ASIのデータは信頼度が高いが、その結果が明らかになるためには数年を要する。その間、登録製造業の産出と粗付加価値の推計には工業生産指数と卸売物価の然るべき指数が暫定的に利用され、ASIデータが利用可能になった時点で推計値が修正される。ASIデータが抱えるもう一つの点は、そこでの粗付加価値の推計値には未回答工場の数値が反映されていないことである。この点については、センサス部門全体に対する未回答工場の雇用比率を用いて、公表されたASIの粗付加価値の上方修正が図られている。

次に、非登録製造業について見てみよう。非登録製造業は、従業員10人未満(動力を使用しない場合には20人未満)の全ての製造、加工、修理・維持サービス単位が該当する。他の未組織部門(非農業)の場合と同様、非登録製造業の粗付加価値は就業者数と一人当たり粗付加価値を掛け合わせることによって推計される。粗付加価値は、基準年である1980−81年の推計値が算出されると、その後は物的活動量を代表する然るべき指数に基づいて推計がなされる。

原データは、非登録部門を対象にした経済センサスならびに全国標本調査(National Sample Survey: NSS)である。ただしビディ(タバコの一種)の生産データは、Directorate of Tabacco Development が所管する資料、混綿および人造繊維に係わる分散部門(繊維産業非登録部門)における布の生産データは、Reports of the Texitile Commissioner, また毛織物、アクリル・ポリエステル毛織物、絹、および靴下の生産データは、Report of the Consumption Panel Project, All India Annual Survey of Textile Committee に依拠している。1977年に実施された経済センサスでは従業員10人未満の事業所(従業員6−10人の Directory Establishments と従業員1−5人の Non-Directory Establishments とから構成される)とが対象になった。他方、NSSでは上記の事業所以外にも、従業員ゼロの Own-Account Enterprises を含む全ての企業が対象になっていた。ただしNSSも数年に一回の割でしか実施されておらず、その間、いかにして推計値を求めたらよいかという問題が残されている。

 

(3)民間最終消費支出

民間最終消費支出は家計ならびに非営利団体の最終消費支出をカバーしており、その推計に際してはコモディティー・フロー法が採用されている。商品・サービスの全利用額(市場価格表示)から各産業の中間消費向け支出、それに家計・非営利団体以外の全最終消費(輸出入を含める)を差し引くことによって推計される。

対象となる支出は、(イ)食糧、(ロ)衣類および履き物、(ハ)粗家賃、燃料および電力、(ニ)家具、備品、調度品および家事サービス、(ホ)医療および保健サービス、(ヘ)輸送および通信、(ト)娯楽、教育および文化サービス、(チ)雑貨およびその他サービス、の8グループに分類されている。

食糧の場合、生産者の自家消費分は生産者価格で評価され、市場向けの分は小売価格で評価される。工業製品の場合、その産出額は物品税と商業・輸送マージンの分について調整を受ける。輸入関税は、輸入額に上乗せされる。

民間消費に利用可能なコモディティー・バランスを把握する上で、産出、投入、純輸入、一部資本財の消費、政府消費についてのデータが必要になるが、産出、投入についての基本データはGDP推計の場合と同様である。

 

(4)国内貯蓄

国内貯蓄は金融資産形態の貯蓄と物的資産形態の貯蓄とに大別される。金融貯蓄を構成するものは、通貨(現金)、純預金、株式・社債・債券、政府に対する純請求権、生命保険基金、年金基金などである。物的資産形態の貯蓄を構成するものは、建設ならびに機械・設備など固定資産に対する投資、それに在庫投資である。

機関別で見ると、国内貯蓄は、(イ)公共部門、(ロ)民間法人部門、(ハ)家計部門の三者より構成される。国内貯蓄の推計はデータ不足に起因する多くの問題を抱えており、未だに名目価格表示の推計のみしか実施されていない。

公共部門は、政府行政・官庁企業(departmental enterprises)−政府直営の事業体−、それに非官庁企業(non-departmental enterprises)−独立した理事会ないしは取締役会が資産の保有と管理に当たる公企業−より構成される。前者の粗貯蓄は経常支出に対する経常収入の超過分として把握され、後者については各企業の年次会計収支より推計される。

民間法人部門は非金融会社、商業銀行、金融・投資会社および協同組合機関より構成される。民間法人部門の貯蓄推計は、RBIによる標本調査をその基礎データとして使用している。

国内貯蓄において断然高いシェアを占めているのが、家計部門である。しかし家計部門には本来の家計部門だけでなく、非法人部門(登録部門の一部と非登録部門を含む)も含まれており、とりわけ後者が重要な役割を果たしていることに留意する必要がある。家計部門の金融資産貯蓄のうち、通貨形態の貯蓄は過去の趨勢から全通貨量の93%と推計される。その他の金融資産ならびに物的資産形態の貯蓄は残作法式に基づいて推計されており、改善の余地を大きく残した形となっている。

 

(5)国内資本形成

粗資本形成は、固定資本に対する粗追加と在庫投資の合計である。固定資産を構成するのは、建設、機械・設備(輸送機器、家畜を含む)である。軍事用施設、国防機材、軍需物資の在庫増加は資本形成の範疇外であるが、軍需企業の工場向け資本支出は資本形成に含まれる。土地、鉱物資源など有形な再生不可能な資産に対する追加は粗資本形成に含まれないが、土地改良や鉱業現場、木材用森林地帯、プランテーションの拡大に対する支出は資本形成の一部を構成する。

建設の資本形成は、当該年に手掛けられた新規建設の産出額から修理・維持費を差し引くことによって推計される。パッカー建設はコモディティー・フロー法に基づいて、またカッチャー建設は支出接近方法に基づいて推計される。

機械・設備の資本形成は、コモディティー・フロー法に基づいて推計される。国内生産ならびに輸出入された機械・設備は、(イ)資本財、(ロ)資本財部品、(ハ)一部資本財、(ニ)一部資本財部品に分類される。(イ)は100%資本形成、(ロ)は50%資本形成、(ハ)と(ニ)についてはそれぞれ個別に資本形成の比率が設定される。

粗資本形成は、支出接近方法に基づいて産業別にも推計されている。組織部門の場合はその約70%が年次データに依拠して直接推計されるが、未組織部門の場合には多くの課題が残されている。ちなみに登録製造業の資本形成についての推計は、ASI工場部門データに基づいており、信頼性が高い。しかし非登録製造業については、1968−69年と1971−72年の標本調査に基づいて1980−81年の推計がなされ、一定の比率を適用してその後の数値が更新されており、限界がある。