5.むすびにかえて



本稿は、植民地期ビルマの農業統計推計作業の中間報告であり、付加価値額推計のために必要な系列を整理し、その過程で明らかになった問題点を指摘した。それぞれの系列がまだ不完全なために、今回は付加価値額の推計は行わなかった。今後、作業を進めていく上で検討、再検討を要する点が多々残されているが、最後にいくつか課題をあげて、むすびにかえることにする。


1)生産量の推計

本稿では、生産量に関して3つの系列を提示した。Season and Crop Report の生産量系列、収穫面積と単位面積当たり収量から求めた生産量系列、さらに作付面積と単位面積当たり収量から求めた生産量系列である。

しかし、現段階では、このうちいずれの系列が妥当なものか判断しかねている。Season and Crop Report の生産量系列の算出方法さえわかれば一つの判断材料になると考え、資料をいくつか見たもののよくわからなかった。したがって、今の条件下での選択肢としては、空白となっている県の収穫面積を作付面積の92%4−1参照)として推計する、または収穫面積に関するこの仮定には問題があるとして、Season and Crop Report の生産量系列とも近似していることを考慮し、作付面積と単位面積当たりの収量の積で推計する、のいずれかが考えられるだろう。

いずれの方法をとるにせよ、1901/02〜1911/12の期間に関しては、単位面積当たりの収量の系列もいくつかの仮定のうえに成り立っているため、この期間に関する推計は妥当性の観点からはやや心許ないものにならざるを得ない。


2)米以外の作物の推計

本稿では米に関する系列を具体的に提示した。米は、最重要作物であったこともあって、相対的に統計や報告書が揃っている作物である。しかし、他の作物に関しては必ずしもそうでもない。ある県、ある年度、ある作物の作付面積のデータがあったとしても、該当する県、年度、作物の価格や収量のデータがないということもしばしばある。また、播種量の推計が難しい作物もあるであろう。その意味では、他の作物の推計は、米以上に困難が伴う可能性がある。


3)農業ストックの推計

本稿では、動物資本と農具の物量系列と役牛の一時点の価格を提示した。減価消却額の推計のためには、廃棄価格、耐用年数を得る必要がある。植民地期の農業関連資料、特に地租査定時に作成された地租査定報告書(Settlement Reports)に断片的でも参考となる数値が存在するかもしれない。同様に、資料的制約からかなり困難とは思われるが、植物資本、建物資本に関しても検討する必要がある。


4)独立後の系列との連続性

本稿は、戦後の統計をふまえた形では十分議論されていない。戦後の系列とつなげる場合、山岳地域の推計をどうするか、通貨単位のルピーからチャットへの変更をどう処理するか、推計品目は妥当であるかなどに関して検討する必要があろう。


5)その他の系列の推計

本稿であつかった系列以外で、整備することが望ましい系列として、農業労働力、農家戸数、農業労賃があげられている(川越:1996 16ページ)。農業労働力、農家戸数に関しては、Census を参照する必要がある。農業労賃に関しては、Half-yearly Return of Wages paid という報告書が出されていたようだ。しかし、どのくらいの期間にわたって発行されたのかはわからない。

また、付加価値推計とは直接関係ないが、土地制度も植民地期のビルマ農業を考える場合、非常に重要な要素である。土地利用、地租に関しては, Report on the Land Revenue AdministrationReport on the Department on the Land Records(年度によってタイトルは変わる)が参考になるだろう。 前者には小作地、自作地、土地の売却等のデータが記載されている。


6)戦時中の推計

これは、おそらくビルマだけに限ったことではないであろうが、戦時中の推計(ビルマの場合4年間)をどうするか、という問題がある。1945/46、1946/47の戦後2年の劇的な作付面積、生産量の減少していることから、戦時下においては社会経済の混乱は著しかったと思われので、単純に前後をリンクして推計するのは難しいであろう。