お わ り に

以上、1970年代から80年代にかけて確立した「インド型金融システム」特徴を概観してきた。最後に今一度その特徴を箇条書きに要約しておこう。

    (1) 独立後インドでは着実に金融深化が進展した。

    (2) 独立後インドでは農業・農村金融および工業金融双方の領域で近代的な金融機関の整備が進んだ。

    (3) しかしそれにもかかわらず、依然としてインフォーマル・セクターの果たす役割は大きく、いわゆる金融の二重構造がみられる。

    (4) 独立後のインドの金融制度は五カ年計画に組み込まれる形で発達した。

    (5) 独立後インドの金融制度の発達は金融諸機関の国有化の拡大史であった。とくに歴史的な画期となったのは、1969年の主要商業銀行の国有化である。

    (6) 国有化以降の商業銀行のパフォーマンスは店舗数、預金額、融資額という3指標すべてにおいて飛躍的に増加した。とくに農村・準農村地域への銀行業の浸透は顕著であり、人々の間にバンキング・ハビットが定着する上で大きな役割を果たした。

    (7) 国有化以降、商業銀行の融資先が大きく変化した。農業、小規模工業等の優先分野への貸出比率が顕著に増加する一方、民間の大中規模企業部門および民間商業部門に対するそれは顕著に減少した。

    (7) 独立後インドの金融発展は金融機関(とくに商業銀行)を中心に発達してきた。一方証券市場は十分に発達しなかった。

    (8) 大半の近代的金融機関は公部門に属し市場競争はみられなかった。

    (9) 例外的な時期を除くと、独立後インドではインフレーションはかなりよくコントロールされた。その結果実質預金利子率は大きくマイナスになることなく、いわゆる「金融抑圧」はみられなかった。

    (10) 独立後インドの金融システムは、厳格な外資規制の下での閉鎖的な環境におかれてきた。

    (11) 金融制度の中心的な位置を占める商業銀行に対しては、様々な規制が加えられた。信用の部門別配分規制、金利規制、準備率規制が3大規制である。

    (12) 金融政策は財政政策に従属してきた。とくに政府の財政赤字を融通するために、TBおよび国債の利子率は極端に低くおさえられてきた。TBの発行は財政インフレの原因となり、また国債は金融機関への実質的な割り当てとなった。

    (13) 金利はすべて規制されており、とくに政府証券利回りが低くおさえられてきたことによって金利体系に歪みが生じた。また公定歩合政策は効力をもたなかった。

    (14) 政府証券の流通市場が発達しなかったので、公開市場操作も効力をもたなかった。

    (15) 効力のある唯一の金融政策は準備率操作であった。CRRとSLRの2種類の準備率があるが、いずれも歴史的に一貫して上昇傾向を辿った。



1980年代後半からインドでも金融自由化へ向けての改革が始まった。金融政策の財政従属からの自由化 (RBI[1985]) やマネーマーケットの創出に向けての委員会報告 (RBI[1987]) が提出された。この流れは1991年の債務危機を転機に拍車がかかった。1991年インドは深刻な政治経済危機にみまわれ、債務危機状態に陥った。この政治経済危機を克服するために、インド政府はIMF・世界銀行からの構造調整借款の助けをかりることになった。いわばこの構造調整プログラム(経済改革)の不可欠の一環として金融改革がアジェンダにのぼったのである。

1991年11月に提出されたナラシムハム委員会報告 (GOI[1991]) は、金融自由化に向けての改革の青写真である。この青写真の実現に向けて1992年以降金融改革の動きが活発にみられるようになった。銀行部門改革としては、CRRおよびSLRの引き下げ、利子率規制の大幅な緩和、支店ライセンス規制の撤廃、新規民間銀行の設立許可がおこなわれている。また証券部門改革としては、証券取引監視局(SEBI)新設、資本発行統制法の廃止、TBのオークションの開始、インド企業によるユーロ株式発行の許可、外国機関投資家 (FIIs) のインド資本市場への投資許可、非居住インド人(NRI)の証券投資の自由化、店頭株売買の開始、ナショナル・ストック・エクスチェンジ(NSE)の設立等、めまぐるしい動きがみられる (Parikh ed.[1997] Ch.10)。

とりわけ特筆すべきは銀行部門改革の最重要事項として、適正資本規律の実施が進められている点である (GOI[1993]; Parikh ed.[1997] Ch.11)。このプロセスで公共部門商業銀行の低収益が問題になってきたことは、インドの銀行システムが新たな時代に入ったことを象徴するできごとである。ただし金融機関(とりわけ公共部門商業銀行)の民営化は改革のアジェンダにはのぼっていない。民営化にあたっての最大の困難が労働問題にあることは、言うまでもない。市場競争力のある金融システムへの転換には、いましばらく時間が必要である。