2.新手法・旧手法シリーズの部門別比較


    2.1.二つの時系列データ


    2.2.新・旧両手法の推計方法の違い


    2.3.新・旧両手法による時系列を接続する際の問題点









 

2.新手法・旧手法シリーズの部門別比較



2.1.二つの時系列データ


前節の概観かわかるように、現パキスタン地域の国民所得統計データとして推計中間値などの詳細もある程度得られるのは、@新手法による現行の国民所得統計シリーズと、A現パキスタン地域に対応する旧手法シリーズである。両手法ともに、1968年SNAに準拠し、生産勘定から推計されている。農林水産業、鉱業、製造業、建設業、電気・ガス、運輸・貯蔵・通信、卸売・小売、金融・保険、住居、行政・国防、その他サービスの大きく11部門についての付加価値が、主に生産アプローチに所得アプローチを加えた推計方法によって推計され、その合計が要素費用でのGDPとなる。支出勘定も一応推計されているが、これは政府消費支出と各部門での粗固定資本形成を推計した上で、剰余項として民間消費支出をバランスさせたものであることに十分な注意を払う必要がある。所得勘定は推計されていない。

@シリーズには名目値ベースの生産勘定、支出勘定、1980/81年度固定価格による実質値ベースの生産勘定、支出勘定の四つの時系列があり、すべて1980/81年度から現在までのデータが公刊されている。

Aシリーズの四つの時系列は、1959/60年度固定価格による実質値ベースの生産勘定については1949/50年度から87/88年度まで、その他の三つの系列については1959/60年度以降87/88年度までの数字が公刊されている。したがって1980/81年度から87/88年度までの8年に関しては両手法による推計値が詳細に得られることになる。

本稿の分析を生産勘定に限ることから、名目値および実質値ベースの生産勘定を11部門(ただし農林水産業はさらに5つのサブセクター、製造業は大規模、小規模の2つのサブセクターに分けられる)に関して付表1付表2に載せる。この11+7部門の付加価値は、毎年の政府の『経済白書』(GOP, Economic Survey)に掲載されるが、Aシリーズの最終確定値はその1988/89年度版に詳しく掲載されているため、そこから採った数値を付表に示す。






 

2.新手法・旧手法シリーズの部門別比較



2.2.新・旧両手法の推計方法の違い


新・旧両手法の推計方法の詳細とある程度の中間推計値のデータは、政府が毎年刊行する『パキスタンの国民所得』(GOP, National Accounts of Pakistan)から得られる。特に、その1988/89年度版は両シリーズを含んでいるため有益である。この資料から抜粋した両手法間の主要な差違を付録にまとめる。

大きな差異の第一は、付加価値の定義方法という根本的な推計方法の変更である。目立ったところでは、建設業の付加価値が、旧手法ではセメント消費量の推計値のみを使った実に粗い生産アプローチで推計されていたのが、新手法では各部門での投資額推計値を用いた支出アプローチによる推計に変更された。農業部門でも、耕種部門と畜産部門の間で中間投入財として消費される畜役と飼料作物・作物副産物などがそれぞれきちんと計上されるようになったのが新手法である(第3節参照)。

第二の違いは基準年次である。固定価格の基準年次が旧シリーズで1959/60年度、新シリーズで1980/81年度であるから、両者の間には20年以上の差がある。この間の経済構造や品目間の相対価格は大きく変化しているから、固定価格による新旧二つのシリーズを単純に指数化して1980/81年度で接続する際には十分な注意が必要になる。

しかし問題は、異なる固定価格による実質値ベースの系列を接続することに限られない。名目値ベースの系列についても基準年次の違いが重要になってくるのである。第一に、生産アプローチの場合の生産量推計が、それぞれの基準年次(部門や業種によって異なり、また随時変更されることもある)からの外挿によることが多い。第二に、そもそも実質付加価値が先にありきで、単純な外捜(extrapolate)によって推計された実質値が、後から名目値に換算される部門も多い(特に所得アプローチによる場合)。これらの場合、基準年次の差違によって新旧両シリーズの名目付加価値が同じ年度でも違ってしまう。

第三の違いは、付加価値推計のための基礎データベースの違いである。農業部門の主要作物の生産量を推計する際に、坪刈調査(crop-cutting surveys)の利用が新手法で始まっているのはその代表例であるし、所得アプローチを採る場合の基準年次の所得の推計にも、統計的裏付けのある標本調査が積極的に利用されているのが新手法である。






 

2.新手法・旧手法シリーズの部門別比較



2.3.新・旧両手法による時系列を接続する際の問題点


二つの系列を接続するためにパキスタンで一般に行われている便法は、名目値シリーズについては1980/81年度以前の旧シリーズに新シリーズをそのままつなげ、実質値シリーズについては新旧二つのシリーズを指数化して1980/81年度で接続する方法である6)。これらの方法が、データが限られている中での便法としてどの程度有効かを、新旧両シリーズのデータが取れる1980/81年度からの8年間を題材に検討しよう。

まず、名目値での絶対的な乖離を1980/81年度について表1に示す。GDP全体で見れば、旧手法による推計値は新手法による推計値に比べてわずか0.3%小さいにすぎない。しかし部門別には大きな乖離が見られる。農林水産業の耕種(主要作物)以外の四つのサブセクター、運輸・貯蔵・通信、住居で旧手法が大幅な過少推計、鉱業、製造業、卸売・小売、その他サービスで大幅な過大推計となっており、これらの系列を1979/80年度まで旧系列、1980/81年度以降は新系列でそのままつなげることにはあまりに無理がある。言い換えると、GDP総額の乖離が小さいのは集計が生んだ偶然に過ぎないことになる。意外なのは、付加価値推計方法の抜本的な変更があった建設業の両推計値がかなり近く、推計値の乖離の激しい運輸・貯蔵・通信部門では推計方法自体の変更がほとんどされていない点である。そこから推測されるのは、新手法での変更のうち、基準年次や基礎データベースの変更による効果のほうが付加価値の定義方法変更の効果よりもずっと大きかったのではないかということである。この推測は、農業部門に関して第3節で裏づけられる。

表2に示すように、名目値のずれは、1980/81年度以降87/88年度まで、全体として拡大しており、特に建設業での拡大が目立つ。なお、推計方法が基準年次や基礎データベースも含めて変更がなかった金融・保険、行政・国防の二部門については、当然ながら両者の数字は基本的に一致しているが、旧手法データの最終年次にあたる1987/88年度のみは乖離が生じている。これは、旧手法データが使用された最終時期には暫定値の修正が十分になされなかったためである。

次に実質GDPの系列を新旧両手法で比べてみよう。基準年次が違うから両者の絶対額をそのまま比較しても無意味なため、表3では、1980/81年度の各部門の付加価値が新旧一致するようなつなぎ係数を旧シリーズの値にかけた値が、1981/82年度以降、どれだけ新シリーズの数字から乖離していくかを比率で示した。農林水産業のなかの耕種(副次作物)と林業で旧手法が大幅な過少推計、鉱業、建設業、電気・ガス、金融・保険でかなりの過大推計となっている。最終1987/88年度の動きが異質で、旧手法による数値の信頼度が低いことを考慮すると、大規模製造業、小規模製造業および住居部門の三部門で新旧両系列が完全に連動しているといえる。この連動を別の側面から見る指標として、実質成長率を二つの系列で比べたのが表4である。両系列の実質成長率は、GDP合計ではかなり一致し、部門別にも耕種(副次作物)、林業、鉱業、建設業などを除けば連動度は高い。

表1表2表3表4を総合して部門別に見た場合、旧手法による系列と新手法による系列とでの乖離が著しいのは耕種(副次作物)、林業、鉱業、建設業となる。ただしこれらの部門のうち、林業と鉱業はパキスタン経済にとってあまり重要でない。建設業のデータが非整合的なのは推計手法の抜本的変更を反映していると見られる。耕種(副次作物)についても推計手法の変更があったわけだが、その影響については次節で詳細に検討する。名目値での推計値が一致するのが金融・保険、行政・国防、実質値での推計値が完全に連動するのが大規模製造業、小規模製造業、住居となり、これらのセクター(サブセクター)では基本的な推計方法に変更がなかったことからデータがよく連続していると結論できる。

ただし、注意しなくてはいけないのは、連続性が高いと判断される系列の場合でも、そこに示された成長率が必ずしも実態を反映しているとは限らないことである。例えば、小規模製造業の実質成長率が新旧ともに常に8.4%であるのは推計上の想定であって、毎年の調査に基づく数字ではない。小規模製造業の場合には8.4%という数字が毎年の国民所得統計から算出されるので注意深い観察者はその想定にすぐに気づくが、農林水産業の畜産部門の場合には、一定の実質成長率を構成品目ごとに想定しているにもかかわらず、付加価値への計算によって見かけ上毎年違った成長率が統計に現れるからたちが悪い7)。これらとは対照的に、大規模製造業の場合には主要品目ごとの生産量指数が毎年きちんと推計され、それに基づいて実質成長率が推計されている。

最後に、GDPの部門別構成比率を、1959/60年度、80/81年度、95/96年度の3時点について検討しよう(表5)。名目付加価値の構成比率は、相対価格の変化も考慮した産業構造を見る指標として使われる。通常は(1)、(3)、(4)のコラムの数字が使われることが多いが、80/81年度での新旧両系列の乖離はかなり大きい。農林水産業の比率で2ポイント近い差がある。言い換えると(1)と(4)のコラムの数字が比較可能とはとても言えない。同様に、相対価格を一定に制御して産業構造を見る指標である実質付加価値の構成比率の場合、通常は(5)、(8)、(9)のコラムの数字が使われるが、それは正確でない。コラム(8)、(9)と整合的な1959/60年度の数字は表3のつなぎ係数を用いて修正すべきであって、その修正の結果はコラム(6)となる。あるいは表3のつなぎ係数の逆数を用いて新手法の系列を修正してもよいがその数字は省略する。いずれにしても農林水産業で見て2ポイント近い乖離があることに驚かされる。つまり、新旧両シリーズ間の非連続性を考慮した場合、産業構成比率を1979/80年度まで旧手法、それ以降を新手法でつないで分析するのは危険である。名目値ベースならば両者の違いを注記した上で1980/81年度については両方の数字を併記すること、実質値ベースならばつなぎ係数によって修正をほどこすことが望ましい。

以上まとめると、新旧両手法に基づく国民経済推計の二つの時系列は、技術的な推計方法の差違のために部門ごとの付加価値の名目値に大きな乖離が見られる。そのため、両者を接続して、より長期の時系列として用いるのはあくまで便宜的なものであって、特に絶対額が問題となる場合(産業構成比率も含めて)には両者の違いを明記して分析する必要がある。実質成長率で見た場合には接続することの問題は少ないが、部門ごとの推計方法の違いに十分に配慮し、一定比率で外捜された成長率と実態面の裏づけのある成長率とをできるかぎり区別すべきであろう。






 

6) 黒崎(1997)で「C現パキスタン地域長期新手法シリーズ」として紹介した時系列(Kemal and Ahmad, 1992)は、部分的な修正が見られるものの、おおまかにはこの便法を用いて新旧両手法による実質値シリーズをつないでいる。農林水産業、大規模製造業、合計のGDPについて、表3の部門別つなぎ係数を用いて二系列を接続させると、Kemal and Ahmad (1992)でのデータとほとんど差のない付加価値系列が作成できる。






 

7) この統計作成上の想定を無視した分析が時折見られることは残念である。畜産部門の実質産出額の時系列を被説明変数とした計量経済学的実証研究(例えばAkmal, 1994など)は、一見形式が整っているだけにデータの問題点がわかりにくくなっている。