おわりに

以上で,CIAによるソ連長期実質GNPの推計作業の概説を終わる。本稿は,主としてその方法論の側面に焦点を当てて記述したため,推計結果そのものについての言及はごくわずかにとどめざるを得なかった。前に述べたように,このCIAの推計結果は,さまざまな批判にさらされた。全体としてそれらの批判は,CIAがソ連の経済成長を過大評価しているというものであり,その原因は,CIA推計がソ連公式統計,特にその価値データに過度に依存しているという点に求められた。たしかにこれは,CIA推計の大きな欠点といえるだろう。CIAは,その推計が価値データに依存している部分はそれほど大きくないし,またできるだけその利用を避けようとしたと主張している。しかし,たとえば公式統計における歪曲が特に大きいと考えられる工業部門について,価値指標への依存度がかえって大きくなっているのは問題であろう。ただ,公式統計にかわるデータを求めることは非常にむずかしい。また,あくまで公式統計への依存を拒否するとすれば,たとえばKhaninがやったように,直接にGNPあるいはその構成要素の成長率を計測するのではなく,他の代理指標(Khaninの場合には,電力消費)に基づいてGNP等を推計する以外にないかもしれず,そうなれば微細な推計は不可能となろう。

その一方で,CIA推計が成長を過小評価しているとの批判もあった。これは,数量指数あるいは雇用量を付加価値の代理指標として用いると,ありうべき労働生産性の向上,あるいは財とサービスの質の向上を無視することになる議論であり,可能性としてそれを排除することはできない。このようなCIA推計をめぐる論争の詳しい紹介とそれに対する筆者の見解,あるいはCIA推計自体に対する筆者の評価等は,次稿に譲ることとしたい。

しかし,どのような形でCIA推計を批判するとしても,それにかわる代替的な方法を示すのは容易ではない。本稿で示したように,CIAの推計作業が体系的であるとともに,用いられたデータの豊富さにおいても,他の追随を許さぬものがあるからである。ソ連の経済を統計的な資料に基づいて研究しようとするとき,このCIAによる推計は,将来にわたって必ず参照されねばならない必読の文献としての地位を保ち続けることであろう。