第V章 要素費用価格表示の1970年GNP


    1.概  説


    2.現行価格GNPデータのIO形式への変換


    3.現行価格データの生産者価格への変換


    4.生産者価格による1970年IO表の推計


    5.生産者価格GNPの要素費用価格GNPへの変換







 



    1.概  説

    第U章で求められた現行価格表示の1970年GNPは,第T章で述べたとおり要素費用価格表示のGNPに変換されることになる。そのためには,生産要素に対する報酬や生産過程において使用された財やサービスに対する費用を正しく反映していない部分は価格から除かれなければならず,また資本の利用に対する利潤等のコストも,各部門間で均等となるよう再評価されなければならない。こうした変換は,すべての財・サービスの価格に直接,間接に影響を与え,価格を変化させる。このような分析には,産業連関表(以下,IO表と略記)の利用が不可欠である。CIAは,IO表の考え方を十分に活用しながら,次の4つのステップによって現行価格表示のGNPを要素費用価格表示のそれに変換している。

    @現行価格GNPデータのIO表形式への変換

    A現行価格データの生産者価格への変換

    B生産者価格による1970年IO表の推計

    CIO表による,生産者価格GNPの要素費用価格GNPへの変換

    以下に,各ステップについて説明しよう。







 



    2.現行価格GNPデータのIO形式への変換

    まず当面の目標は,既にソ連で作成されている1966年や1972年のIO表を参考にしながら,1970年のIO表を作成することである。そこでまず第一段階としてなすべきことは,第U章で得られたGNPデータを,IO表のフォーマットにはめ込んでみることである。この場合,IO表の付加価値象限には,発生部門別のGNPデータ(表B−5)が,また最終需要象限には,最終需要別GNPデータ(表B−3)がそのまま利用できるとしても(ただし部門分割が必要である),基本的に次の二つの調整を行わなければならない。

    まず第一に,CIAによるGNPの部門分類がソ連のIO表の部門分類としばしば異なるので,さしあたってCIAの分類を調整して,ソ連流にあわせなければならない。これはたとえば,CIA分類でサービス部門中の公益部門(上下水道と都市向けガス供給とから成る)で生産されるサービスを,上下水道サービスについてはソ連IO表のその他の工業部門へ,ガス供給サービスは同じく運輸部門へ移転するといったごとくである。

    第二に,ソ連のIO表は,いわゆる物的生産部門のみを対象としているため,これにあわせて非物的生産部門のGNPデータを調整しなければならない。つまり,非物的生産部門は内生象限から除去される。これに伴って,非物的生産部門の生産するサービスの販売を示す行が付加価値象限に追加され,また同部門の財やサービスの購入を示す列が最終需要象限に追加されることになる。

    各部門の総生産については,次のようにして求める。1970年の各部門の現行生産者価格による総生産は,1966年IO表による総生産に,公表されている当該部門の不変価格生産指数と価格指数を掛けることによって計算される。1972年についてこの手続を行い,結果を1972年IO表のデータと比較したところ,全部門において両者はきわめて近い数字を示したという。次に,各部門の生産者価格表示の総生産は,GNP勘定から得られる取引税,補助金のデータと,1972年IO表から得られる運輸,商業のデータとから購入者価格表示に変換された。また,サービス部門の総生産は,GNPデータから導出された。このような総生産の購入者価格への変換は,1970年のIO表を作成する際に参照される1972年のIO表が,購入者価格表示となっているために必要となる。

    以上の手続によって,とりあえず1970年IO表の付加価値象限と最終需要象限,および総生産は埋めることができた。しかし,まだ内生部門は空白のままである。







 



    3.現行価格データの生産者価格への変換

    1972年IO表は,既にTremlらによって生産者価格への変換も推計されている。次のステップは,この1972年IO表の助けを借りて,部分的に完成された1970年IO表の付加価値象限と最終需要象限を,生産者価格に変換することである。その際,1970年におけるIO表の諸要素の関係は,1972年と同様であると仮定する。

    ここでの生産者価格への変換の理由は二つである。まず第一に,購入者価格に比較して生産者価格は安定的であり,生産者価格を用いることによって1970年のコスト構造の推計の信頼性が高まることである。また第二に,生産者価格への変換に伴う取引税や補助金のの除去は,同時に所望の要素費用価格への変換の一手順であり,それをここで行ってしまえば後でそれを行う手間が省けるということである。

    1970年IO表は,次の4つのステップで,購入者価格から生産者価格へ変換される。

    @間接税およびその他の賦課が削除される。ここで,削除される取引税およびその他の賦課は,取引税(533億4,600万ルーブル),ラジオ・テレビに対する価格マークアップ(5億1,000万ルーブル),農業機械のスペア部品に対する割増金(7億5,000万ルーブル)の合計546億600万ルーブルである。これらの各部門への割当は,表B−6のとおりである。なお,ラジオ・テレビに対する価格マークアップと農業機械スペア部品に対する割増金は,機械部門に割り当てる。

    取引税等を取り除く手順は,次の通りである。付加価値象限の中の取引税等の行が削除され,それに伴って各部門の総生産がその分だけ減少する。したがってまた,各部門の総販売も同様に減少しなければならない。IO表の各行から取引税等を差し引くためには,各部門の中間需要販売と最終需要販売への取引税等の配分を知らなければならない。ここで,1972年IO表の取引税等の配分が,そのまま1970年にも適用できると仮定する。すると,各部門の最終需要に含まれていた取引税等が計算できるので,それを直接差し引く。各部門の中間購入において差し引かれた取引税部分は,内生部門の各列について合計され,付加価値象限に新しい行としておかれることになる。これによって,各部門の投入と産出の均等が維持されることになる。

    A補助金についても,@の取引税等とまったく同様の手続が行われる。もちろん補助金は控除項目であるので,補助金の除去によって,取引税等と逆に総生産は増加することになる。

    B購入者価格には,財・サービスが生産者の手元から購入者に引き渡されるまでの輸送コストが含まれている。生産者価格への変換のためには,この輸送費の部分を差し引くことも必要である。輸送コスト除去の手順は,次の通りである。

    1972年IO表の運輸・通信部門の行の総和は,最終需要も含めて271億ルーブルで,1970年の総生産(Narkhoz によると257億ルーブル)よりも5%大きい。そこでこの行の各成分をすべて5%だけ小さくし,これらを1970年の値とする。その値x(i,t)は,第i部門による運輸・通信サービス(第t部門)の購入額である。これを第i部門の総生産とくらべ,その比率だけ第i行のすべての成分を小さくする。つまり,第i部門の各部門への販売額に占める運輸・通信コストの比率が同じであると仮定して,その部分を販売額から除くのである。この手続は,当然ながら最終需要と総生産にも及ぶ。各部門の中間財購入から差し引かれた価格は縦に足し合わされ,その総和が新しい運輸部門の行を構成する。その値は,各生産部門がその原材料投入の輸送・通信サービスに対して支払う価値を示す。

    C購入者価格に含まれる商業・流通コストについても,Bの輸送コストの除去と同様の手続によって差し引かれた。

    このようにして,1970年IO表の付加価値象限と最終需要象限が生産者価格に変換された。しかし,依然として中間財取引部分は空白のままである。







 



    4.生産者価格による1970年IO表の推計

    残された中間財取引の部分も,すべての生産関係は1972年と同様であると仮定して求めるが,それは,既に推計された部分とコンシステントでなければならない。数学的には,1970年IO表の中間財取引部分は,1972年IO表と1970年IO表の対応する成分の差の2乗の最小化によって推計される。つまり,x(i,j)を,1970年における第i部門の第j部門への販売額とし,y(i,j)を1972年における同様の値とすれば,

             n   n
      S = Σ Σ( x(i,j)− y(i,j))/y(i,j)
            j=1   j=1

    を,次の(1),(2)式の条件の下で最小化することになる。

             
      (1) Σx(i,j)= C(j)
            i=1
             
      (2) Σx(i,j)= R(i)
            j=1

    ここでC(j)は第j部門の列和(総生産から付加価値とその他の推計された購入額を差し引いた額),R(i)は第i部門の行和(総生産から最終需要とその他の推計された販売額を差し引いた額)である。この問題は,通常のラグランジュ未定乗数法を使って解くことができ,すべてのx(i,j)を求めることが可能となる。こうして,生産者価格による1970年IO表が推計された。







 



    5.生産者価格GNPの要素費用価格GNPへの変換

    次に,前節までで得られた生産者価格のIO表を使って,要素費用価格表示のGNPの推計を完成する。そのためには,ソ連流の恣意的な利潤ではなくて,各部門均一の資本使用料が用いられなければならない。その際には,当然のことながら各部門の付加価値やその製品価格も変わってくる。

    IO表では,各部門の原材料購入と付加価値の合計は,総生産に等しい。つまり,

                 
       X(j)= Σ x(i,j)+ w(j)+ d(j)+ z(j)
                i=1

    が成立する。ここで,X(j)は第j部門の総生産,w(j)は第j部門で稼得された労働収入,d(j)は第j部門の減価償却,Z(j)は第j部門のその他の付加価値である。w(j),d(j)はそれぞれ正しく評価されており,また資本収益については,全部門について均一の収益率rであるとする。さらに,この収益率rに基づいて全部門の価格が再評価される。上式は,次のようになる。

                   
      p(j)×(j)=Σp(i)×(i,j)+w(j)+d(j)+rk(j)
                   i=1

    ここでp(i)は,第i部門の価格変化,K(j)は,第j部門の資本ストックである。

    さらに,資本ストックを,機械,建造物,家畜に分割し,それぞれ機械,建設,農業各部門の価格で資本を再評価する。また,このようにして計算される要素費用表示のGNPは,現行価格のGNPに等しくなければならない。したがって,次のような連立方程式

    体系を得る。

                                                 
      p(j)×(j)=Σp(i)×(i,j)+w(j)+d(j)+rΣp(i)K(i,j)
                   i=1                              i=1
    
                     
      w(j)+d(j)+rΣp(i)K(i,j)= GNP(現行価格)
                     i=1

    ここでK(i,j)は,第i部門で生産され,第j部門で所有される資本ストックである。この体系は非線形であるが,逐次法によって未知数(p(i),r)を求めることができる。資本ストックの評価額は,おもに C.B.krueger,op.cit.,V.Rutgaizer,Resursy razvitiia neproizvodstvennoi sfery からとられた。また,主として予算機関の資本ストックについて,減価償却が推定された。ソ連当局が,これらについて減価償却を行っていないからである。

    以上の手続によって得られた新価格を用いて,要素費用価格表示のIO表と,最終需要および発生部門別のGNPが計算される。表C−1に,新しい価格づけによる要素費用価格表示GNPの各要素のシェアが,現行価格表示によるシェアと比較されている。最終需要GNPでは,要素費用価格を用いると,消費サービス,特に住宅のシェアが増大する。一方シェアの低下するのは,消費財,特に飲料(ウォッカ等)非耐久財,耐久財であるが,これらは取引税除去の影響である。また発生部門別GNPでは,要素費用価格表示となって増大するのは,商業(小売,卸,農産物調達)と住宅であり,逆に低下するのは,取引税除去の影響を受ける軽工業と食品工業である。