2.「拠点プロ」のあらまし


1).「長期経済統計」の意味するもの

2).準拠概念体系としてのSNA

3).データの分類規準

4).データの参照時点

5).期待される成果

6).成果の発表形式と著作権

7).プロジェクトの効用












1).「長期経済統計」の意味するもの

本研究プロジェクトでいう「長期」経済統計とはどんなものか。

ここにいう「長期」とは、「1990年を終点とし、叶うかぎり長期にわたって遡及された、連続的年次時系列」を意味する。

またここで「経済統計」とは、 国民経済計算(national accounts)の概念枠組みである SNA(a system of national accounts and supporting tables)に準拠して構成された、GDP(gross domestic product、粗国内生産)、GDE(gross domestic expenditure、 粗国内支出)、これら両者の構成要素、およびこれらと密接に関連する関連諸系列(物価・賃金・利子ならびに各種のデフレーター、人口と労働力、通貨残高など)を指す。これらのうち、経済価値表示の諸系列は、いずれも名目値(at nominal or current prices)と実質値(at constant or real prices)との双方を含む。 指数系列の場合は、基準年におけるその絶対値をあわせて示す。










2).準拠概念体系としてのSNA

SNAは、国連統計局を舞台として、もともとはストーン(Richard Stone)が中心となってまとめた、国民経済計算の標準的勘定体系である。その第1版は1953年に、改訂第2版が1968年に、ずっしりと分厚く詳細になった第3版は1993年にそれぞれ公表された。(1968年SNAの解説書には、たとえば、経済企画庁 (1979,1986a)、倉林・佐久間 (1980)、鈴木 (1980)、小菅(1996)などがある。SNAの歴史については、Ruggles(1991)の解説がある。

SNAは、1990年代までには多くの国々に普及し、しかも同方式による遡及統計も徐々に整備されるにいたった。いまやロシア、中国など、かつて社会主義的計画経済を標榜した諸国でも、旧ソ連の理論的指導の下に採択された、サービスの経済価値を認めないMPS(a system of material product balances)から、 これを十二分に容認するSNAへ移行する努力が払われている。

以上の状況からみて、本プロジェクトでも、SNAを踏まえるのがよい。というのは、われわれにとって、基礎的な素材は、さしあたり各国政府(ないし統計局)が用意したデータ以外ではあり得ない。とりわけ第二次世界大戦後の時期は、統計のカヴァレッジからいっても精度からいっても、格別の支障がないかぎり、政府が用意した国民経済計算の統計を利用するのが自然である。これら政府作成の統計数値が原則としてSNAに準拠するのであるから、第二次大戦以前の歴史統計にあっても、概念的斉合性と連続性とを保持するためは、可能なかぎり同一の概念枠組みを採択しなくてはならない。

われわれは、1968年のSNAを基準に据えたい。長期統計作成の目的のためには、基本的な諸概念を共有すれば十分で、また簡潔さを尊ぶからである。(しかし、エネルギー産業の投資概念の違いや地下経済の扱いなど、とりわけ最近時の動向との関連では1993年SNAと1968年SNAと対象吟味する必要もある。)

ちなみに、遡及的時系列を作成する立場からみたとき、SNA採択の一つ重要な帰結は次の2点にある:

(i)国内(domestic)概念を採用し、国民(national)概念によらないこと。

(ii)減価償却(depreciation)こみの系列を基本とすること。
(この点に関する台湾の経験については、溝口 (1996)の叙述がある。)

このうち(i)は、産業関連との関わりにおいて国民経済計算体系を作成することの当然の帰結である。ここで国内では、「国の政治的な領土から外国公館および外国の軍隊を除き、領土外に所在する当該国の公館および軍隊を加えたもの」をいう。ところが生産要素の提供者には一年以内滞在する外国人などの「非居住者」も含まれるから、国内生産の一部は国内の非居住者にも分配される。一国の居住者が(=国民)が受け取ったこれらの要素所得の総額が「国民」総生産である。

ゆえに
GDP+海外からの要素所得に受取−海外への要素所得の支払=GNP

が成り立つ。実態的には、香港やシンガポールのように対外取引の比重がとくに大きいケースを除けば、GDPとGNPとの差は小さい。

他方(ii)は、何をもって年々生み出される経済価値と考えるかにかかわっている。1960年代の欧米経済学界では、 減価償却を除去した純(net)概念(たとえば、GNP(粗国民生産)ではなくNNP(純国民生産))を中心に据える傾向があった。減価償却の本質は、単純再生産を継続するために必要な、補充的機能にあるとみたのである。減耗を補充する「後ろ向き」の活動を除いて、新しく創出された価値だけを測ろうとしたので、減価償却部分を差し引いた「純」部分に焦点をあわせることになったのである。

しかし、経済活動の全貌を表現するためには、むしろ粗概念を使うべきだという主張も十分成り立つ。(ちなみに、大川一司らの日本LTES(後述)は、一貫して粗概念中心の立場をとっていた。)それだけではなく、減価償却額を精確に測るのは容易でないから、純概念の推計はかなりの誤差を含む可能性がある。いずれにしても、SNAが純概念へのこだわりを捨てたのは、推計作業の立場からすれば朗報といってよい。

なお、1968年SNA体系の技術的詳細は、付録にその抜粋を揚げてある。










3).データの分類規準

経済の営みは、(イ)その活動の内容と、(ロ)その活動に従事する制度の種類によって大別される。

まず、経済活動(activities)は、「産業」、「政治サービス」、「対象家計民間非営利サービス」、「家事サービス」、および「家計」の5つから構成される。ちなみに、ここでいう「産業」とは、民間事業所を観察単位とする生産活動を、産業ごとに集計した概念である。われわれのプロジェクトでは、(非営利事業所を除く)産業の分類は、『国際標準産業分類』記載の3桁分類に準拠したい。2桁の産業分類で地域間・異時点間の相互比較をするためには、少なくとも3桁水準の分類が必要だからである。なぜなら、分類されるべき対象の属性や態様は、ときとところによって変動し、分類されるべきグループが変化することも稀ではないからである。

経済制度は、「法人企業」、「金融機関」、「一般政府」、「対象家計民間非営利団体」、および「家計」の5分類から成る。

経済活動の成果は、「商品・サービス」である。「商品・サービス」の分類(ハ)は、生産技術の性格を分類基準とする。『標準国際貿易分類』をその典拠とする(付録1-A-e参照)。商品分類表は、とりわけ国際貿易統計の整理のために不可欠である。

経済活動に携わる人々の仕事の内容に着目した仕分けが、「職業」である。「職業」の分類基準(ニ)は、『国際標準職業分類』がある。職業分類は、とりわけ第二次大戦後の労働力統計の作業のために重要な手がかりを与える。

本プロジェクトの成果(最終製表)をまとめるにあたっては、以上のうち(イ)活動ベースの分類と(ロ)制度別分類とが中心的な役割を果たすことになろう。この際、商品分類(ハ)と職業分類(二)とは、便宜上、産業分類によって代替される。ただしこの代替は、集約の作業があまりにも膨大になるのを防ぐためのもので、概念的に豊富で示唆に富むさまざまの問題がこれによって覆われてしまう危険に留意しておこう。たとえば、事業所は複数の商品・サービスを生産することもあるし。同一の職業は複数の産物に散らばって発見される。経済発展の理解のためには、産業、制度、商品、職業それぞれの概念を内容にまで立ち入った分析も必須である。(なお、商品分類と職業分類については、歴史統計におけるその意義と問題点とを別の形で論じたい。)










4).データの参照時点

プロジェクトには、共通の参照時点(Reference Year)が必要になる。一般には、できるだけ最新の年次(センサス年次など)をとるのが通例であるが、われわれの統計は歴史に遡ると同時に第二次大戦後をも網羅する必要があるところから、第二次大戦の戦後処理が一段落を遂げたと考えられる1960年を共通の参照年として選びたい。

一般に、統計情報は年代が新しくなるほど豊富である。最近時と同じ範囲で歴史統計を収集することはとてもできない。しかし、過去の時点で得られる統計情報だけで満足するわけにも行かない。ゆえに、長期統計系列の作成にあたっては、最近時点の豊富な情報を一部は切り落とされ、逆に古い時代の情報で欠落しているものの一部はこれを推計する必要が生ずるであろう図1を参照)。このあたりの事情は、成果の公開の際、十分に説明される必要がある。










5).期待される成果

期待されるプロジェクトの研究成果は、表1に示す通りである。同表に掲げるGDPの産業別項目とは、表2の中分類を基準とする。またGDEの項目別とは、表3の諸項を指す。

なお、金融機関の扱いには注意を要する(付録1-A-C参照)

金融機関の生産活動の評価のためには、「帰属利子」を計算する必要がある。すなわち銀行の場合には、受取財産所得−支払利子を帰属利子とし、これを銀行の産出の一部として計上するのである。ただし、この産出額は、同時に他の諸部門の中間消費でもあるわけだから、全経済活動の付加価値を合算してGDPを求めるときには一括控除されなくてはならない(経済企画庁1979年pp.171-73を参照)。

なお、保険業の生産は、保険料の受取と保険金の支払との差額である。










6).成果の発表形式と著作権

プロジェクトの研究成果ならびに成果を導くために使われた方法は、適切な時期に(しかしできるだけ早く)、出版物(冊子体)ならびに電子媒体情報として公開する予定である。また、作業に利用した統計資料等は、これを一橋大学経済研究所に保管して学術的利用に供する。

研究成果(統計系列等)の公開にあたっては、著作者(研究成果の著者;具体的には、研究分担者・研究協力者等)の氏名を、当該系列等に近接する箇所に明示する。

研究成果の一部として、あるいは研究成果作成の過程で、先行研究成果・業績等を利用するときには、当該成果(業績)等の著作権・出版権を尊重する。すなわち、この際には、

(1)著作者本人の許諾と著作者名の明記、

(2)著作者が作業中にデータ等については、その公表後に引用、

(3)引用に際して必要な場合には、使用料金(著作権料等)を支払う、
の三原則を遵守する。











7).プロジェクトの効用

何のための長期経済統計か?その答は、人によってさまざまであろう。

当プロジェクトの直接の目標は、さしあたり、出来るだけ客観的あるいは、価値中立的 (value neutral)なデータ・ファイルを編成するところにあり、その成果は、多種多様の目的に役立つのが望ましいし、事実そうなると予想される。

しかし同時に、プロジェクト・メンバーの理解を深め、また問題意識を共有するためには、プロジェクト代表者(ならびに幹事)が、それぞれが抱く(個人的な関心を含めた)学問的ヴィジョンを明らかにするのは有益かもしれない。そこで代表者についていえば、作成されたデータ・ファイルは、広域アジア比較数量経済史を叙述する材料として利用したい。ちなみに、ここで数量経済史と呼ぶのは、さしあたり中村(1993)が描くイメージに親近性があるといっておこう(なお、第5節の既刊文献リストを参照されたい)。