October 1996, Revised Version 1.1

アジア諸国における農業長期経済統計の推計方法に関するノート( 注1)

A Note on the estimation methods of Long Term Economic Statistics

on Agriculture in Asian Countries

by Toshihiko Kawagoe

川越俊彦 (注2)

1 背景と課題の設定

2 日本における農業の長期経済統計の推計 4

(1) 長期経済統計推計上の枠組み 4

(2) 農業統計(LTES-9)推計の概要 5

@ 農業のアウトプット及びその価格に関する系列(LTES-9第1〜13表) 6

A 農業経常投入財に関する系列(第14〜27表) 7

B 農業資本ストックに関する系列(第28-31表) 9

C 耕地面積等の上記以外の基礎的統計系列(第32-34表) 9

D その他の系列(第35-39表) 10

(3) 推計手法 10

@ ベンチ・マーク法 10

A リンク法 10

B 比率法 10

C 直線補間・補外法 10

3 アジア長期経済統計の推計 11

(1) Asian-LTES推計の枠組み 11

(2) 推計プロセス 11

@ 生産量と耕地面積 12

A 農産物価格 14

B 経常投入財 14

C 農業資本ストック 15

D その他の農業生産に関る統計 16

E その他の統計系列 16

(3) 計測単位の取り扱い 16

4 農産物品目分類基準について 17

(1) 農産物分類 17

(2) 農産物標準分類コード(FAOSTAT CODE) 18

(3) 貿易分類と農産物分類 195 その他の検討課題 22October 1996, Revised Version 1.1

  1. 背景と課題の設定

本稿は農業に関する長期経済統計をアジア地域において推計する際に,まず明確にすべきフレーム・ワークや諸概念,更には推計上の諸問題等に関して若干の整理をおこなうことを目的としている(注3)。日本経済を対象とした長期経済統計の推計は大川一司,篠原三代平,梅村又次を編集代表として編纂され,東洋経済新報社より『長期経済統計』として(以下LTESと略記),1965年から1988年に亙って刊行された。 LTESにおける農業関係の統計は,生産関連の統計が第9巻『農林業』(LTES-9)に,価格関連の統計が第8巻『物価』(LTES-8)に取り纏められている。

アジア地域を対象とした長期の経済統計(以下Asian-LTESと略記)の推計にあたっても,雛形となるべきはこのLTESであろう。そこで以下次節では,LTESにおける農業の統計データが,いかなるフレームワークのもとで,どのような項目について推計されているか,更にはその過程でどのような推計上の問題点が指摘され,対処されたかを整理する。続く第3節では,前節で与えられた枠組みのもとでAsian-LTESを推計するに当たって予想される諸問題について検討を加える。

LTESが日本一ヶ国を対象としていたのに対し,Asian-LTESはアジア全域に亙る数多くの国に関して長期経済統計データを個々に推計することを意図している。その際,各国で推計されたデータ系列の間で相互に何等かの整合性が得られなければ,地域データ等への集計や国際間比較分析等に困難が生じることになろう。つまりAsian-LTESの推計に当たっては,LTESでは問題とならなかった共通のガイドラインが必要になると考えられるのである。そこで第3節後半では,各国固有の事情を許容しつつ,いかなる共通のガイドラインが設定し得るかを検討する。

2 日本における農業の長期経済統計の推計

 (1)長期経済統計推計上の枠組み

『長期経済統計』共通の緒言で,編集者はその全体の目的を「このシリーズは...近代経済学の基本に依拠し国民所得勘定体系をフレームとして,日本経済の明治以降における発展の姿を統計的にあとづけること」と位置付け,更にそれは「たんに国民所得ならびにその構成要素の推計をまとめたものではなくて,それに関連する経済統計を大きく包括かつ組織化したもの」(注4)としている。

さて,このように与えられた全体のフレームワークの中で,農業に関する統計はどのような意図で推計されているのであろうか。LTES-9『農業』の著者はしがきによれば,「国民経済計算の体系に即しつつ,農林業の産出,投入および要素価格に関するデータを明治初年までさかのぼる連続的な長期系列として整備すること」を目的とし(注5),かつそのための2つの限定条件が提示されている。第1は,国民経済計算の体系を基本的な枠組みとしているため,それ以外のより一般的な,例えば制度的・構造的な,統計は捨象されていることである。この限定条件はAsian-LTESの推計にあたっての重要な出発点を与えるものであろう。もちろん一般的な歴史統計であれば含まれるであろう制度的・構造的統計が盛り込まれれば,その利用価値は計り知れない。従ってAsian-LTESの推計にあたってもLTESで推計された統計系列を基本としつつ,その他の制度的・構造的統計は補完的に推計するとの基本方針がたてられよう。

第2の限定条件は「明治初年以降の連続的な長期系列の推計ということに重点」が置かれていることである。1950年代以降,日本の統計調査は質量共に飛躍的に拡充整備されているが,LTESでは,それら近年の豊富な統計の体系を包括的に盛り込むのではなく,むしろ明治初年からの統計系列の連続性に重点を置いていたのである。つまり戦後の整備された統計系列の改善はその目的ではなかったといえよう。この限定条件はAsian-LTESの推計にも適用できよう。アジア諸国の統計も近年格段に整備拡充され,そのカバーする領域だけでなく,精度も飛躍的に向上していると考えられる。このような状況で近年の統計系列の改善を試みることが,ここでおこなうべき作業であるとは考えられない。むしろ信頼できる統計の限られた初期時点からの連続性を保ちうるような比較的限定された系列,しかし信頼性に関しては可能な限り均質な長期統計系列の推計を目指すべきであろう。

これを概念図で示せば第1図の如くである。第1図縦軸には下方に向かって時間が採られており,また横軸には存在する原統計データの広がりが採られている。原統計データは時代を下るほどそのカバーする領域も,精度も向上する。図中の下方ほど密度が高く示された三角形はそのような原データを示している。これに対して図中の均質な矩形がAsian-LTESで推定される系列を示している。それは最近時点でみれば非常に限定されたものとならざるをえないが,それでも初期時点では何等かの推定作業が必要とされるため,その幅をいたずらに広げることは困難であろう。 図 1

 さて,農業のLTESは,以上のようなフレーム・ワークのもとで推計されたわけであるが,より具体的にはどのような統計系列が推計されたのであろうか。次にこれを見てみよう。

 (2)農業統計(LTES-9)推計の概要

LTES-9には,農業関連の統計表が第2部推計に40表,第3部(資料編)には39表に亙って示されている(注)。第2部の統計表は推計のための基礎的数値や推計方法の解説のためのものであって,最終的なLTESの統計系列は第3部に示された39表である。ここには合計476のデータ系列が含まれている。これらを大別すれば,1)農業のアウトプット及びその価格に関する系列(第1〜13表),2)農業経常投入財に関する系列(第14〜27表),3)農業資本ストックに関する系列(第28〜31表),4)耕地面積等の上記以外の基礎的統計系列(第32〜34表),及び5)その他の系列(第35〜39表)に区分できる(その詳細は付表A参照を参照せよ)。以下,これらのカテゴリーごとにその概要を見てみよう。

  [1]農業のアウトプット及びその価格に関する系列(LTES-9第1〜13表) 表1  LTESに含まれる農産物の品目

分類 品目 品目数
米類 水陸稲 1
麦類 小麦,大麦,裸麦,ライ麦・えん麦 4
雑穀類 トウモロコシ(乾燥,未成熟),粟,ひえ,きび,もろこし,そば 7
いも類 甘薯,馬鈴薯 2
豆類 大豆,小豆,えんどう,そら豆,いんげん,落花生等 11
野菜類 きゅうり,しろうり,かぼちゃ,すいか,なす,トマト等 20
果実類 みかん,ネーブルオレンジ,夏みかん,雑かん,りんご等 14
工芸作物 茶,なたね,ごま,さとうきび,こんにゃくいも,たばこ等 25
養蚕 まゆ 1
畜産 屠殺(牛,犢,豚,馬,羊,山羊),牛乳,鶏卵,鶏肉等 11

出典:LTES, Vo.9第3部より集計。

注:品目は例示であって生産量の多寡を反映したものではない。

ここには農業生産額(1〜5, 11表),農産物価格指数(6〜10表),農産物生産量(12表),農業付加価値額(13表)が示されている。このうち推計された原データは第12表の「品目別農産物の生産量」のみであり,残りはこの生産量と別途推計された価格データ等から算出されたものである。

 そこで先ずこの第12表の品目別生産量であるが,その内訳は10種96品目の系列に分類されている(表1参照)。但し,この他に蚕種,緑肥作物及び青刈飼料作物の3品目は経常投入財に分類されており,また農産加工のうち農業に分類された藁製品,並びに生産量の限られたその他野菜は生産額が別途示されているから,LTESにおいて農産物として推計の対象になった品目は101にのぼる。

 これらの品目の選定にあたって問題となった点として指摘されているのは,農業生産と林業生産の境界線が明確ではないため「しいたけ」のように分類不能の商品が存在することである。また,農家による農産加工品を農業生産に分類するのか,あるいは工業生産に分類するかも問題点として指摘されている。LTES-9では農産加工は基本的に工業生産であるとしつつも,藁製品については農業生産に含めている。アジア諸国の多くの地域でも農家による農産加工は広範におこなわれており,農家経済や地域経済において無視できない位置を占めていることから,Asian-LTESの推計においても農業生産の範囲をどのように捉えるかは重要な検討課題となろう。

 次に農業生産額に関するLTES-9第1〜5及び11表について見てみよう。ただしこれらの表はいずれも品目別の系列ではなく,類別に集計された項目別系列のみが示されている(注7)。第1表は農業生産額を当年表示の農家庭先価格で示したものである。これは,LTES -8『物価』の第12表「農産物品目別価格」を,前述のLTES-9第12表の「品目別農産物生産量」の系列に乗じて求めたものである。また,第2〜5表は農産物生産額をそれぞれ異なった基準年価格表示で示したものである(注8)。具体的にはLTES -8第12表「農産物品目別価格」から基準年とされた3ヵ年の平均価格を求め,これを「品目別農産物生産量」の系列に乗じたものである。LTES-9第11表は「農業生産額:農産物庭先価格指数でデフレートした系列」とされているが,これは下記のLTES-9第6〜9表「農産物庭先価格指数」で第1表の「農産物生産額(当年価格)」をデフレートして求めたものである。

さて,第6〜9表にはそれぞれ異なった基準年による「農産物庭先価格指数」の系列が掲載されている(注9)。これらは基準年(注10)における当年価格の農業生産額の構成比をウェイトとした農産物庭先価格のラスパイレス価格指数である。

さて,第13表には農業の付加価値額に関する系列が示されている。生産額から次に説明する農業経常財投入額を差し引いた残余が粗付加価値であり,これからさらに固定資本の減価償却額を控除して純付加価値を得る。ここでは,両付加価値の系列が推計されているが,純付加価値系列については,固定資本財に関する資料の制約がきびしいので推計は暫定的なものとしている。

[2]農業経常投入財に関する系列(第14〜27表)

 LTES-9第14〜27表には農業経常投入財の投入額,価格等の統計系列が示されている(表2参照)。ここで農業経常投入財が推計されているのは,1)農業付加価値を算出するにあたって農業生産額から差し引く部分として農業経常財の投入額が必要なこと,2)農業生産関数の推計等に用いるためである(LTES-9, p.53)。

さて,農業経常投入財とは一生産期間内にその全体が生産物に転移する生産財,あるいは生産に要した物財費から固定資本の減価償却を除いたものと定義される(LTES Vol.9 p.53)。ここでの推定の対象となった経常投入財は農業セクター内で自給される農業起源財と,非農業部門から供給される非農業起源財に分類される。前者は種子,蚕種,緑肥・飼料作物,国内産の飼料(穀類・豆類・薯類)等であり,後者は肥料,農薬,輸入飼料穀物や糟糠類・油粕類といった飼料等からなる。ただし,農家内部で自給された堆肥等の中間生産物はこれから除外されている。

さて,第14表には当年価格表示の農業経常財投入額が集計されている。これらは,農業起源財として農家庭先価格で評価した,種子,蚕種,飼料,緑肥及び飼料作物,その他,および合計の6系列,並びに,非農業起源財として卸売価格で評価した,飼料,肥料(石灰を含む),農薬,その他,およびその合計の5系列とからなっている。更にこれらの系列から経常投入額の総額を求めるにあたっては,卸売価格と農家庭先価格との間の流通マージンを10%と仮定して,非農業起源財価額を1.1倍したものを農業起源財価額に加えることによって総投入額が推計されている。続く第15表は第14表の投入額を第17表の価格指数の系列でデフレートしたものであり,第16表は投入量に基準年価格を乗じて求めた系列である。 表2 LTES Vol.9『農林業』に収録された経常財関連統計系列

統計データの表題 基準年等 備考
14

15

16

農業経常財投入額

農業経常財投入額

農業経常財投入額

当年価格1934-36年価格 経常財価格指数でデフレートした系列
17

18

農業経常財庭先価格指数

農業経常財庭先価格指数

  各種総合指数の比較とリンク指数

類別

19 肥料投入額(卸売価格) 当年価格評価  
20

21

22

肥料成分別投入量:窒素

肥料成分別投入量:燐酸

肥料成分別投入量:加里

   
23

24

25

肥料消費成分単価:窒素

肥料消費成分単価:燐酸

肥料消費成分単価:加里

   
26 蚕種の掃立卵量と農家庭先価格    
27 緑肥,青刈・その他飼料の投入額    

出典:LTES Vol.9. (その他の系列については本稿付表Aを参照せよ)。

1925表には肥料の投入額並びに成分別の投入量と価格の系列が示されている。肥料はきわめて重要な生産要素であり,他の要素と比較して資料が豊富であったことから詳細な分析がなされている。

肥料以外の投入要素については得られる統計資料が限られているため,様々な仮定を置いたもとで推定されている。種子に関していえば,農林省の内部資料による反当たり播種量のデータに作付け面積を乗じることで求めている。価格はその農産物の農家庭先価格を採用してる。

飼料に関しては1930年以降は食糧需給表や各種統計が得られるので,それらの基づいて推定されているが,飼料消費量のデータのまったく得られない1929年以前については,家畜・家禽の頭羽数を家畜単位で牛馬頭数単位に換算して,これに1933-37年の1家畜単位(注12)当たり飼料消費額を乗じることによって求めている。

[3]農業資本ストックに関する系列(第28-31表)

第28-31表は農業の資本ストックに関する統計系列であり,第28表に1935-36年価格評価の農業粗資本ストックが,第29表に純資本ストックが,それぞれ動物,植物,農機具(農具,農業機械),建物について示されている。また,第30表には減価償却額,31表には農業資本財価格指数(1934-36年基準)の系列を掲載している。第13表の農業付加価値額の純付加価値の計算にはこの第30表の減価償却額の総計系列(1934-36年評価及び当年価格)が用いられている。これらの系列はLTES Vol.3 『資本ストック』の系列をもとに推定されたものであり,純付加価値を求めるために必要なものであるが,データの制約からそれは暫定的なものとされている。

LTES Vol.3 『資本ストック』の第7章には農業資本ストックの推定方法の詳細が記述されている。それによれば,推計範囲は,農家の所有する(i)動物(家畜,家禽) (ii)植物(永年生農用植物) (iii)農機具(動力農業機械,大農具,小農具) (iv)建物(非住宅建物・構築物)であり,これらの品目別時系列数量を1934-36年価格でウエイト付けした物量指数が推計されている。

[4]耕地面積等の上記以外の基礎的統計系列(第32-34表)

第32-34表には耕地面積が田畑別に3地域(注13)について合計14系列(第32表),農業就業者(男女別)と農家戸数(3地域)が7系列(第33表),農業賃金(注14),林業賃金,地価及び小作料(田畑別)が13系列(第34表)に亙って収録されている。

これらの系列は付加価値の推定には直接には使用されないが,耕地面積は生産量等を推定する際の基礎データであり,また農業就業者等のデータは第1部での農業生産性の分析に必要なデータである。

[5]その他の系列(第35-39表)

ここには新たに推計されたデータ系列はなく,上記の各系列を加工して求められた各種の数値が,参考のため,あるいはLTES Vol.9第1部の分析に供するために示されている。

(3)推計手法

農業生産の推計にあたって,LTESではa) ベンチ・マーク法 b) リンク法 c) 比率法 d) 直線補間・補外法等が使用されている(注15)

[1]ベンチ・マーク法

 連年のデータが欠落していても、何点かの特定年次についてのデータが得られる場合には、これらの年次をベンチ・マーク年として推計し、その間を補完する方法である。これは連年で得られる系列の信頼性のチェックや、リンク法との組み合わせでも有効であろう。LTESでは米を除く農産物の1800年代の推定においては、1874, 1888, 1899-1901年の3時点をベンチ・マークとする推定がおこなわれている(LTES Vol.9 p.41)。

[2]リンク法

 統計系列に断層が観察される場合、断層前の系列に補正を加え、前後一貫した統計系列を作成する手法である。LTESでは、麦類等について観察される1885から86年にかけての断層がこの方法で処理されている。具体的には、1885年以前データについて時間に関する直線回帰を行い、回帰式による1887年の予測値と新系列の1886-1888年の平均値との比率を補正値として旧系列に乗じることで新旧系列を接続している(LTES Vol.9 pp.41-44)。

[3]比率法

 類似品目の生産量や他の統計系列にある一定の比率を乗じて得られない系列を推計する方法である。LTESでは、例えば子牛の屠殺頭数をデータの得られる時期の実績から牛の屠殺頭数の5%として、欠落期間に適用している(LTES Vol.9 p.44)。

[4]直線補間・補外法

短期間のデータの欠落には直線補完が適用されるが、LTESにおいては殆どが3年以下の期間について援用されている。

これらはいずれもオーソドックスな手法であり,多分に機械的なものであるが,データが欠落している場合には援用せざるをえない。しかし、LTESではどの系列にどのような推定法が適用されたかが詳細に説明されており、オリジナル・データがどのようなプロセスを経て最終系列に加工されたかをトレースすることが可能になっている。

3 アジア長期経済統計の推計

(1) Asian-LTES推計の枠組み

本説では,上記のLTESにおける農業統計の推定過程を踏まえつつ,アジア地域において農産物統計を推計する際に考慮すべき課題・問題点について整理しておこう。

さて,Asian-LTESの「農産物統計」推計の目的を,前節で議論したLTES農林業に倣って要約すれば,それは「国民経済計算の体系に即しつつ,農業の産出,投入および要素価格に関するデータを可能な限り時代をさかのぼる連続的な長期系列として整備すること」となろう。そして,そのための3つの限定ないし前提条件が提示されよう。

  1. 国民経済計算の体系を基本的な枠組みとしているため,農業の産出,投入および要素価格に関する統計系列を基本としつつ,その他の制度的・構造的統計は予備的に推計する。もちろん一般的な歴史統計であれば含まれるであろう制度的・構造的統計の利用価値は計り知れないので,それらの推計を排除するものではない。
  2. 今世紀初頭(あるいは地域によってはそれ以前)からの連続的な長期系列の推計に重点を置く。つまり,長期経済統計推計の目的は時代毎に分断された断片的な統計系列を単に寄せ集めることではなく,また最近年の豊富かつ精度の高い公表統計の再推計を意図するものでもないという点である。
  3. 各国毎に推計された統計系列がinter-countryに集計可能となっている必要があるという点である。言い換えれば個々に推計された農産物の生産量,生産額等の系列は共通の商品コード及び共通の計測単位に基づいて定義・分類可能でなければならないことである。

 これら3つの条件の内@AはLTESにおける限定条件を基本的に踏襲するものであるが,BはAsian-LTESの推計に当たって追加される条件である。この点に関して,計測単位の問題は本節(3)で,商品の定義に関しては次節4で詳細に検討したい。

(2)推計プロセス

前節で概観したLTES農業統計の推計過程を参考にAsian-LTESにおける農産物統計推計プロセスをフロー・チャートによって整理してみよう(図2参照)。図でグレーの太線で示された部分はここで推計されるべき「基本的統計系列」であって,各系列を積み上げて租付加価値額の系列が導出されるべき性質のものである。これに対しデータの制約から推定がより困難であると考えられるが,重要な系列を「補完的系列」に含めた。ひとつは資本ストックに関る系列であり,「純付加価値」を導出するために必要なものである。また,土地制度等の制度的情報もたとえ断片的なものであっても得られれば,その利用価値は計り知れないと考えられる。更に,消費に関する統計や市場化率といったマーケットに関する情報も貴重である。

図2 Asian-LTES農産物統計の推計手順

[1]生産量と耕地面積

まず推定されるのは品目別の農産物生産量と耕地に関する系列であろう。LTESでは101品目の農産物が推計対象とされていたが,データの限られたアジア地域でこのような広範な品目に関するデータを収集することは困難であろう。そこで試みにFAOの生産統計からアジア全域における1960年代前半での作物の収穫面積を大きいほうからいくつか例示すれば表3のようになる。それによれば,米(水陸稲)が飛び抜けた位置を占めており,これに小麦が続いている。実際には稲作地域と麦作地域に分かれるであろうから,これらのある地域で占めるシェアはより大きなものになろう。米麦に続いてトウモロコシ,きび,モロコシ等の粗粒穀物が比較的大きなシェアを占めている。

もちろん品目の重要性は収穫面積や生産量ではなく生産額で判断されるべきであるし,その値は地域によって,また戦前・戦後で大きく異なると考えられる。従ってここで示したのはあくまで大まかな目安にすぎないが,Asian-LTESでは耕種作物については水陸稲,小麦,トウモロコシ等をコアとしつつ必要に応じその他の粗粒穀物,根茎作物,豆類等がその対象に含められることになろう。これに加え,プランテーション・クロップ,家畜等が各地域の重要農産物として推計対象品目に含まれることになろう。表3 FAO生産統計によるアジアの主要耕種作物の収穫面積,1961-65年平均値

品目 収穫面積 (1000 ha)
米 (Rice, paddy) 111,476
小麦 (Wheat) 61,603
トウモロコシ (Maize) 27,820
きび (Millets) 27,351
モロコシ (Sorghum) 26,443
綿実 (Seed Cotton) 15,625
大麦 (Barley) 14,856
甘薯 (Sweet potato) 11,574
大豆 (Soybean) 11,117

注:作付け面積(1961-65年平均値)上位9品目を採った。

出典:FAO, FAOSTAT 4 Production, Rome: FAO.

さて,生産量の推計にあったては,その方法は耕種作物と養畜・養蚕とで異なる。

耕種(Crop cultivation)とは耕地を使用して農産物を栽培することであるから、生産量の系列が原統計から直接得られるとしても、収穫面積等の耕地に関する系列を併せて推計することが必要である。

なぜなら,耕種作物は個々の農産物について、

生産量=収穫面積×単位面積当たり平均収量

で定義されるから、例えば生産量と収穫面積に関する原データが示されている場合は、これより平均収量が求められる。収量の推移は農業技術の進展を示す指標として有用であるだけであるだけでなく、原系列の信頼性の吟味にも使用できるからである。また更に、生産統計の原系列の推計においては、生産量が直接収集されるのではなく、

収穫面積=作付面積―被害面積

として、収穫面積を求め、これにサンプル調査に基づく平均収量(日本における坪刈りよる反収)を乗じて求められることが多いと考えられる。この場合には平均収量の系列は原統計の推計プロセスを類推するための手掛かりを与えるものとなろう。

 さらに生産量の推計には直接関係しないとしても,耕地全般に関する統計系列を整備することは、様々な農業に関する分析を行なううえで極めて重要である(注16)。アジアの水稲作地域では耕地の比重が高く、また水田と畑の区別、更には灌漑田、天水田等の区分は重要であり、原統計でも個々に生産統計が集計されている場合が多い。これらの系列は,その国(地域)の農業に関する重要な情報を提供するものであるから,集計することなく提示されるべきであろう。農地に関連する制度的なデータ,例えば,土地制度(自小作地,分益・定額契約等)のデータが推計過程で得られたならば,たとえそれが地域的,時期的に断片的なものであっても併せて提示されれば利用価値は大きいと考えられる。

耕種作物と異なり畜産物の推計には違ったアプローチが必要である。アジア諸国、特に戦前期において、養畜の占める比重は比較的小さかったと考えられるものの、戦後には全般的に畜産のシェアは増大している。畜産の生産統計の推計は、例えば、牛、豚、馬、羊、山羊等は屠殺頭数で、牛乳は飼養頭数に1頭当たり牛乳量を乗じることで生産量が推定される(注17)。

[2]農産物価格

次に品目別の農産物価格の系列が必要である。これとさきの生産量の系列とから当年価格表示の農産物生産額のみならず、様々な農産物価格指数や固定価格表示の農業生産額の系列が推定される。ただし、価格は農家庭先価格が採られる必要ある。卸売り価格の系列のみしか得られない場合は、ベンチマーク調査等からマージン率を推定して、庭先価格に変換する必要がある。

[3]経常投入財

さらに農産物統計を国民所得勘定体系に組み込むためにも粗付加価値額系列の推定が要求される。これには農業の経常財の投入額の系列、すなわち、肥料、農薬、種子、飼料等の投入量と価格の系列を推計が必要であり、それらを集計した農業経常財投入総額が農業生産額から差し引かれることになる。

生産や価格の系列と異なり、これらの資料は一般に非常に限られている。しかし、品目毎あるいは農業内部のサブ・セクター毎ではなく、農業全体の粗付加価値額の系列のみを求めるのであれば、推定作業はかなり軽減できると考えられる。すなわち、「農業起源の経常投入財のうち、生産統計に計上しなかったものは経常財投入額に加える必要はない。」ということである。

前節で検討したように、経常投入財には農業起源のものと非農業起源のものとがあった。この内、非農業起源財(化学肥料や農薬等)と農業起源であっても輸入品は非農業起源財とみなして常に経常財に計上しなければならない。これはこれらの財が当該農業の外部から投入された要素だからである。他方、農業起源財は生産統計に計上されていない限り粗付加価値に影響を及ぼさない。

例えば、稲藁と厩肥が肥料として投入されたとしよう。一般にその過程で必要とされるのは労働力のみである。ここで、それらが米作や畜産のの副産物として生産統計に集計されていないとすれば、それらが再度生産過程に投入されたことは、農業生産の一つのプロセスが観察されたに過ぎないと理解できるからである。これによって、最も困難な緑肥、厩肥等の自給肥料の推計を回避することができる。もちろん、生産統計に現れた投入財については、経常財として控除する必要があることは言うまでもない。

さて、この基本原則に従えば、主な経常投入財は次のようにして推定されよう。

  1. 種子
     耕種作物の種子のうち、農家による自給種子は生産統計に含まれると解釈される場合が一般的であろう。従って、その場合は、自給・購入種子共に経常投入財として投入額に計上すべきである。ただし、農家段階での播種量の系列を得ることができない場合には、試験研究機関等による標準的な面積当たり播種量のデータに作付け面積を乗じることによって播種量を推定することが考えられる。さらに種子投入額は、これに農産物価格を乗じることで推定されよう。
  2. 肥料
     化学肥料や油粕、石灰等の購入肥料はその投入額を経常財に加えなければならないが、堆肥等生産統計に現れないものは経常財に加える必要はない。
  3. 飼料
    飼料に関しても肥料と同様の原則で推定できよう。

[4]農業資本ストック

 資本ストックは農業の純付加価値系列を推定するためには必要不可欠な資料であるが,その推定にはかなりの困難が予想されるため,ここでは補完的統計系列と位置付けている。但し,国,地域によってはこれら資本ストック関連のデータが得られる場合もあると考えられる。その場合には限定的なものであっても推定を行う価値は大きいと思われる。

 農業の資本ストックの範囲について明瞭な定義があるわけではないが,一般的には (i)動物(家畜,家禽) (ii)植物(永年生農用植物) (iii)農機具(動力農業機械,大農具,小農具) (iv)建物(非住宅建物・構築物)がその対象と考えられよう。そこで,例えば,動物の飼養頭数とその平均的な市場価格が得られるとすれば,それらより動物資本ストックの純額評価系列が求められることになる。アジア諸国においては植物資本としてのプランテーション・クロップや戦後の農業機械は無視できない要素であろう。これら資本ストック系列の推定の詳細はLTES Vol.3の第7章が参考になろう。

[5]その他の農業生産に関る統計

 この他に、上記の粗付加価値に至る推計には直接関与しないが、農業労働力、農業賃金、農家戸数等のデータは農業の成長に関する分析をおこなう上で極めて重要な統計系列である。

[6]その他の統計系列

上記Dまでに検討してきた系列は何れも農業生産に関るデータであった。しかし農産物の消費や流通に関る統計系列も重要な項目である。例えば消費量は,

    国内消費量=国内生産量+輸入量―輸出量+在庫の増減―減耗

で求められる。ここで,国内生産に関する系列に,別途推定される貿易量と在庫・減耗に関する情報もしくは一定の仮定のもとで国内消費量を推定することが出来よう。更にこれを人口で割って1人あたり消費量を求めれば,例えば米の場合,その水準から統計系列の妥当性を吟味することにも利用可能であろう。

(3)計測単位の取り扱い

各地域で得られる原データの単位について,何等かの統一的な取り扱いが必要である。例えば生産量や土地面積の単位は,近年では原統計でもメートル法で表記されている場合が多いと思われるが,戦前期は国毎に様々な単位が採用されているのが一般的であろう。またそれは地域毎,時代毎に異なっていることも大いに予想される。これらの様々な単位のままでは地域間で集計不可能であるし,他方全てメートル法に換算されてしまう場合には地域分析の利用には不便であろう。そこで計測単位については次のような原則がたてられよう。

「統計系列の面積,重量,容量等の計測単位は原系列で使用されているものを採用したうえで,メートル法に換算した系列を併記する。また,重量を基本とするが原データが容量で示されている場合は重量・容量の換算レートを注記する。」

 但し,計測単位の内容が地域,時代毎に異なる場合には標準的な単位の設定と原系列の修正は推計作業の一環として当然行われるべきであろう。

4 農産物品目分類基準について

本節では、Asian-LTESにおいて、個々に推計される農産物統計を相互に比較あるいは地域間で集計可能なものにするための農産物の分類基準について検討する。

(1)農産物分類

国際的に標準化された商品分類で最も一般的なものは貿易分類であろう。貿易は国境を越えた経済活動であり、貿易統計を国際的に整合的なものとして作成する必要上、あるいは関税実務上からも1930年代から貿易分類が作成されてきた。その意味では貿易分類が国際的に共通の商品分類を与えるものとして最も整備されているといえよう。

これに対して農業統計はそれぞれの国の地理的、文化的な差異に基づく様々な歴史的要因を反映していることが多く、その分類は独自なものとなりがちである。それは同時にその国の農業に関する貴重な情報を提供している場合も多い。そこで各国農業の固有の情報特徴をそこなうことなく、同時に相互にコンパラブルなものにするためには、いかなる方針で推計作業を行えばよいのであろうか。

結論から言えば、「基本的に各国毎の慣行的分類に従って農産物系列を推計するが、個々の系列がFAOによる農産物分類コード(FAOSTAT Code)の何れに該当するかに関する注を付けることによって、貿易統計や他国の統計系列との間での互換性を保つ」ことにするとの原則がたてられよう。従って、ある国の統計で、より詳細あるいは異なった品目区分が使用されている場合には、それらの系列を標準分類に集計するのではなく、そのまま提示したうえで、個々の系列が標準分類のどれに該当するか明示することになる。

これをインドネシアの米を例に考えてみよう。

まず、農産物標準分類(次項参照)では、「米(paddy, Oryza sativa)」は表4(a)のように区分・定義されている。それによれば、米はポストハーベストの段階別(籾0027、玄米0028、精米0029)、品質(砕米0032)、副産物(糠0035, 0037)、加工品(米油0036、米粉0038、酒0039)等12のカテゴリーに分類される。これに対し、インドネシアの生産統計では伝統的に水稲(padi sawah)と陸稲(padi ladang)の2系列の統計が「籾」で示されている。両者とも標準分類に従えば「籾0023」に集約できるが、統計系列としては、「籾0023」のみを示すのではなく、水稲(籾)と陸稲(籾)、その合計である米(籾)との各系列を提示すべきであろう(表4(b)参照)。これは、水稲、陸稲の分布の変化が技術、灌漑投資等、インドネシア農業の発展プロセスをを示す重要な情報を与えると考えられるためである。

また、この生産統計は籾で示されているが、これを精米に換算する換算率を付記する必要があろう。これは、換算率が地域、時代、作期、品種等によって異なるためである。換算率が与えられれば、精米で示されることの多い貿易統計と生産統計を統合して国内消費量等を推計することが可能になる。

表4 農産物標準分類に基づく統計系列の分類

(a) FAOSTAT CODEによる農産物標準分類、米(抜粋)

FAOSTAT
CODE
COMMODITY DEFINITIONS, COVERAGE, REMARKS
0027 RICE PADDY Oryza spp., mainly oryza sativa Rice grain after threshing and winnowing. Also known as rice in the husk and rough rice. Used mainly for human food.
0028 Rice, Husked Rice grain without hulls or husks. Also known as brown or cargo rice.
0029 Rice, Milled (Husked) White rice milled from imported husked rice. Includes semi-milled, whole-milled and parboiled rice.
0031 Rice, Milled White rice milled from locally grown paddy. Includes semi-milled, whole-milled and parboiled rice.
0032 Rice, Broken Residues from the selection of whole-grain, milled rice.
0033 Rice, Gluten A by-product of the industrial production of starch. Not suitable for food use.
0034 Starch of Rice See 0023. Rice starch is usually obtained from broken rice. Use primarily in the photographic industry to prepare "mat" paper.
0035 Bran of Rice See Chapter 11.
0036 Oil of Rice See Chapter 6.
0037 Cake of Rice Bran See Chapter 11.
0038 Flour of Rice Produced by milling broken or milled rice. Finely ground rice flour is widely used in infant foods and in noodles. It is not used in bread because it lacks the necessary gluten-forming protein.
0039 Rice-Fermented Beverages See Chapter 15.

出典:補論B参照。

(b) インドネシア生産統計(米、生産量)の例 (単位:1000d)

品目 1990 1991 ...
米(水稲)(1) 42825 42331 ... 0027の内水稲(padi sawah, wetland paddy)
米(陸稲)(2) 2354 2357 ... 0027の内陸稲(padi ladang, dryland paddy)
米(合計)(3) 45179 44688 ... 0027(1), (2)の合計

注:籾(gabah kering (dry unhasked rice)×0.68=精米(beras (milled rice)0031)

(2)農産物標準分類コード(FAOSTAT CODE)

農産物に標準の分類コードとして、UN/FAOによるFAOSTAT CODEを選んだ。FAOは農産物の生産統計であるProduction Yearbookや貿易統計である Trade Yearbookを刊行している。後者はSITC Rev.2(次項参照)を採用しているが、前者はFAOSTAT Codeという独自の分類に従っている。ここでFAOSTAT CODEを採用したのは、貿易分類よりも農業の生産段階での商品区分により細かに対応していると考えられるからである。

FAOSTAT CODEにおいては、農産物は表5の20のグループに区分されている。

表5 FAOSTAT CODEによる農産物分類

1. Cereals and Cereal Products 11. Fodder Crops and Products
2. Roots and Tubers and Derived Products 12. Stimulant Crops and Derived Products
3. Sugar Crops and Sweeteners and Derived Products 13. Tobacco and Rubber and Other Crops
4. Pulses and Derived Products 14. Vegetable and Animal Oils and Fats
5. Nuts and Derived Products 15. Beverages
6. Oil-bearing Crops and Derived Products 16. Livestock
7. Vegetables and Derived Products 17. Products from Slaughtered Animals
8. Fruits and Derived Products 18. Products from Live Animals
9. Fibres of Vegetal and Animal Origin 19. Hides and Skins
10. Spices 20. Other Livestock Products

各グループは更にサブ・グループに分類されたうえで、農産物の個別品目が4桁のコードで定義されている。例えば、1グループのCereals and Cereal Productsは、wheat, rice paddy, barley, maize,..16のサブ・グループに区分されたうえで、表4(a)に示したように、例えば「米」は12品目が定義されている。また、FAOSTAT CODESITC Rev.2, SITC Rev.3, HS (harmonized commodity description and coding system)との対応表も用意されている(注18)。なお、その詳細はFAO, Definition and Classification of Commodities及び貿易分類との対応表については同Annexを参照されたい(付表B)。

(3)貿易分類と農産物分類

貿易分類の代表的なものとしてSITC (Standard International Trade Classification) がある(注19)。 SITCは1950年に国連によって正式に採用されて以来大きく3回の改訂を経てきており、現在最新のものは1985年に採用されたRevision 3である(注20)。各商品は4桁のコードで分類されている。1桁目のコードによって総ての商品が10の部門(section)に分類される(表6)。

表6 SITC 1-digit level classification

0 Food and live animals

1 Beverages and tobacco
2 Crude materials, inedible, except fuels
3 Mineral fuels, lubricants and related materials
4 Animal and vegetable oils, fats and waxes
5 Chemicals and related products, nes
6 Manufactured goods classified chiefly by material
7 Machinery and transport equipment
8 Miscellaneous manufactured articles
9 Commodities and transactions not classified elsewhere in the SITC

出典:付表Cより抜粋。

注:nesnot elsewhere specifiedの略。

農産物および関連品は0,1,42の一部に含まれている。ここで各商品がどのように分類されているかを穀物を例に見てみよう。

穀物は2桁で表示される04 Cereals and cereal productsに分類されている(表7参照)。穀物は更に3桁コードで8グループに分類されている。ここで041から045までの5グループは穀物別の区分(wheat, rice, barley, maize, others)であるが、046から048までは加工形態別の区分となっている。米に注目すれば、それは042で定義され、0421から0423までの3品目に籾、玄米、精米がそれぞれ分類されている。但し、米の加工品や副産物は042には含まれておらず、他の穀物加工品と一緒に047等や、全く異なった部門に分類されている。

これは、表4に例示したFAOSTAT CODEの「米」と表7のSITCにおける分類とをAnnex(付表B)で対応させればより明確になろう(表8参照)。

この穀物04の例からも推察されるように、SITC貿易分類は加工品に詳細な分類がなされているだけでなく、配置も加工形態別の区分に重点が置かれており、農産物の生産段階での分類として使用するには必ずしも適していないと考えられる。

表7 SITC Rev.3のうち04穀物及びその調整品

04 Cereals and cereal preparations

041 Wheat (including spelt) and meslin, unmilled

0411 Durum wheat, unmilled

0412 Wheat (including spelt) and meslin, unmilled, n.e.s.

042 Rice

0421 Rice in the husk (paddy or rough rice)

0422 Rice husked but not further prepared (cargo rice or brown rice)

0423 Rice, semi-milled or wholly milled, whether or not polished, glazed, parboiled or converted (including broken rice)

043 Barley, unmilled

0430 Barley, unmilled

044 Maize (not including sweet corn) unmilled

0441 Maize (corn) seed

0449 Maize (not including sweet corn) unmilled, except seed

045 Cereals, unmilled (other than wheat, rice, barley and maize)

0451 Rye, unmilled

0452 Oats, unmilled

0453 Grain sorghum, unmilled

0459 Buckwheat, millet, canary seed and other cereals, unmilled, n.e.s.

046 Meal and flour of wheat and flour of meslin

0461 Flour of wheat or of meslin

0462 Groats, meal and pellets, of wheat

047 Cereal meals and flours, n.e.s.

0471 Cereal flours (other than of wheat or meslin)

0472 Cereal groats, meal and pellets (other than of wheat)

048 Cereal preparations and preparations of flour or starch of fruits or vegetables

0481 Cereal grains, worked or prepared in a manner not elsewhere specified (including prepared breakfast foods)

0482 Malt, whether or not roasted (including malt flour)

0483 Macaroni, spaghetti and similar products (pasta uncooked, not stuffed or otherwise prepared)

0484 Bread, pastry, cakes, biscuits and other bakers' wares; communion wafers, empty cachets for pharmaceutical use, sealing wafers, rice paper, etc.

0485 Mixes and doughs for the preparation of bakers' wares, including bread, pastry, cakes, and biscuits

表8 FAOSTAT CODEと貿易分類との対応:米の例

FAOSTAT
CODE
DESCRIPTION SITC REV.3 SITC REV.2 HS
0027 RICE PADDY 042.1 042.11 1006.10
0028 RICE HUSKED 042.2 042.12 1006.20
0029 MILLED/HUSKED RICE 042.31ex 042.21ex 1006.30ex
0031 RICE MILLED 042.31ex 042.21ex 1006.30ex
0032 RICE BROKEN 042.32 042.22 1006.40
0034 STARCH OF RICE 592.15ex 592.11ex 1108.19ex
0035 BRAN OF RICE 081.25 081.21ex 2302.20
0036 OIL OF RICE BRAN 422.99ex 424.9ex 1515.90ex
0037 CAKE RICE BRAN 081.39ex 081.39ex 2306.90ex
0038 RICE FLOUR 047.19ex,22ex,29ex 047.01ex,02ex 1102.30,1103.14, 29ex
0039 RICE FERMENTED BEVERAGES 112.2ex 112.2ex 2 206ex

出典:FAO (1995)。付表B Annex参照。

注:exは当該分類の一部に該当することを示す。

5 その他の検討課題

 以上の議論を通じて、アジア諸国において農産物に関する長期経済統計をすいけいするための枠組みが示されたと考えるが、そこでいくつかの問題点も指摘された。以下は問題点として提起できるが、現段階ではその解決策が必ずしも提示できないもののリストである。従って以下のリストは今後の議論の過程で追加されるであろうし、あるものは(願わくば)一定の解決策が与えられて本文に移動することになろう。

農業生産の初期時点における過少推定:

一般に農業生産統計に現れる品目は時代を下るにつれて増加する。これには新しい農産物が導入された場合と既存の農産物が統計的に補足されるようになった場合とが考えられる。前者は農業生産の発展過程に他ならず推計作業に何等のバイアスをもたらすものではない。他方後者の場合は,初期時点での農業生産が過少推定されることとなり,その結果農業成長率の過大推定の原因となる。何等かのサイド・エビデンスが得られない限り何れのケースに該当するかを特定するのは困難であろう。

農産加工品と農産物のポストハーベストの境界線:

収穫された農産物が農家の段階で何等かの処理・加工がなされることが多い。例えば稲,大豆は乾燥,脱穀されたものが農家によって販売されるのが一般的であろう。このようなポスト・ハーベストの工程は農業生産活動と位置付けられようが,農家が収穫したサトウキビから粗糖を生産する場合や,キャッサバからタピオカ澱粉を生産する等の活動は工業活動に分類されよう。それではキャッサバからガプレック(乾燥キャッサバ)を生産する場合,それをどう位置付けるのかは判然としない。

農産加工品と農産物のポストハーベストの境界線をどこで引くかは,多分にどのように定義するかに依存する問題であるが,農産工業についても農産物統計からある程度の把握をおこなうしか推定の道がない場合も多いと思われる。

参考文献

大川一司、石渡茂,山田三郎,石弘光『資本ストック』大川一司、篠原三代平、梅村又次編、長期経済統計3、東洋経済新報社、1966年。

梅村又次、山田三郎、速水佑次郎、高松信清、熊崎実『農林業』大川一司、篠原三代平、梅村又次編、長期経済統計9、東洋経済新報社、1966年。

大川一司、野田牧、高松信清、山田三郎、熊崎実、塩野谷裕一、南亮心『物価』大川一司、篠原三代平、梅村又次編、長期経済統計8、東洋経済新報社、1967年。

UN/Statistical Office, Standard International trade Classification Revision 3, Statistical Papers Series M No.34/Rev.3, New York: Unite nations, 1986.

付表 (目次)

付表A LTES, Vol.9『農業』第3部に収録された統計データ系列の一覧

付表B FAOSTAT CODEによる農産物の分類と定義(AnnexにFAOSTAT CODEとSITC Rev.2, SITC Rev.3, HSとの対応表)

付表C SITC Commodity Classifications, Revision 3

 付表A LTES, Vol.9『農業』第3部に収録された統計データ系列の一覧

統計データの表題

基準年等

備考

1

2

3

4

5

農業生産額(農家庭先価格)

農業生産額(農家庭先価格)

農業生産額(農家庭先価格)

農業生産額(農家庭先価格)

農業生産額(農家庭先価格)

  当年価格

1874-76年価格

1904-06年価格

1934-36年価格

1954-56年価格

 

 

6

7

8

9

10

農産物庭先価格指数

農産物庭先価格指数

農産物庭先価格指数

農産物庭先価格指数

農産物庭先価格指数

1874-76年ウェイト

1904-06年ウェイト

1934-36年ウェイト

1954-56年ウェイト

各種総合指数の比較とリンク指数

11

農業生産額

 

 

農産物価格指数でデフレートした系列

12

品目別農産物の生産量

 

 

 

 

13

農業付加価値額

 

 

 

 

14

15

16

農業経常財投入額

農業経常財投入額

農業経常財投入額

当年価格1934-36年価格

経常財価格指数でデフレートした系列

17

18

農業経常財庭先価格指数

農業経常財庭先価格指数

 

 

各種総合指数の比較とリンク指数

類別

19

肥料投入額(卸売価格)

当年価格評価

 

 

20

21

22

肥料成分別投入量:窒素

肥料成分別投入量:燐酸

肥料成分別投入量:加里

 

 

 

 

23

24

25

肥料消費成分単価:窒素

肥料消費成分単価:燐酸

肥料消費成分単価:加里

 

 

 

 

26

蚕種の掃立卵量と農家庭先価格

 

 

 

 

27

緑肥,青刈・その他飼料の投入額

 

 

 

 

28

29

30

31

農業粗資本ストック

農業粗資本ストック

減価償却額

農業資本財価格指数

1934-36年価格

1934-36年価格

当年, 1934-36年価格

 

 

32

33

34

耕地面積

農業就業者・農家戸数

農林業賃金・地価・小作料

 

 

 

 

35

36

実質農業生産額指数農業総合投入・農業総合生産性指数

 

 

 

 

37

38

39

農業産出・投入

農業就業者1人当たり産出・投入農業資本産出比率・1町当たり産出・資本ストック

1934-36年価格

1934-36年価格

1934-36年価格

7ヵ年移動平均

7ヵ年移動平均

7ヵ年移動平均

 

1 本稿は一橋大学経済研究所を中心として実施されている文部省科学研究費,中核研究拠点形成プログラムによる「汎アジア圏長期経済統計データベースの作成」の一環として作成されたものである。作成の過程で尾高煌之助,谷口晋吉,菊池眞男,新谷正彦,岡本郁子の各氏から有益なコメントを頂いたことを感謝したい。
2 成蹊大学経済学部 180東京都武蔵野市吉祥寺北町3-3-1
Fax: (0422)37-3874 e-mail: kawagoe@econ.seikei.ac.jp
3ここでは,研究プロジェクト「汎アジア圏長期経済統計データベースの作成」(以下COEプロジェクトと略記)においておこなわれる,アジア諸国における長期経済統計の推計作業を想定している。
4 LTES各巻共通,「編集者のことば」page iii。
5 LTES, Vol. 9, page vii。
6 これに加え林業に関する統計第2部,第3部共それぞれ9表に纏められている。
7 表1に示した10分類に加え緑肥及び飼料作物,藁製品,耕種総額,総額の14系列である。
8 基準年には,1874-1876年,1904-1906年,1934-1936年,1954-1956年がそれぞれ採られている。
9 その推計作業の詳細は第9巻ではなくLTES-8『物価』に示されている。
10 基準年は農業生産額と同様の4時点における3ヵ年平均である。
11 LTES, Vol.9第2部第4章参照。
12 1家畜単位=牛1頭=馬1頭=豚5頭=羊10頭=鶏100羽(LTES Vol.9 p.63注8)。
13 北海道,東日本及び西日本の3地域。
14 年雇,日雇それぞれ男女別の計4系列。
15 LTES Vol.9第2部第3章。
16 耕地(arable land)とは農産物の栽培を目的とする土地を指すが、FAOの定義によれば、Land under temporary crops, temporary meadows for mowing or pasture, land under market and kitchen gardens, and land under temporarily fallow or lying idleであり、これにLand under permanent cropsとPermanent meadows and pasturesを加えたものが農用地(agricultural land area)である(FAO, Agrostat PC, Land use, 1991, Rome:FAO.)。
17 同様に、LTESでは、鶏卵は飼養羽数×産卵数で、鶏肉は飼養羽数×平均屠殺肉量で推定している。

18 その分類表と品目毎の定義はFAOのWWWサイトに公開されているので簡単に入手することができる(http://www.fao.org/waicent/faoinfo/economic/faodef/FAODEFE.HTM)。
19 貿易分類にはこの他にヨーロッパ諸国を中心に採用されていたBTN( Brussels Tariff Nomenclature) や、それを発展させた CCCN(Customs Co-operation Council nomenclature)がある。また近年では産業分類等との整合性をも考慮した HS (harmonized commodity description and coding system)が提案されている。
20 SITCの改訂の歴史については、例えばUN/Statistical Office (1986)を参照せよ。