Session 2(報告)                 

「広域アジアLTES作成の課題と方法」

   尾高煌之助(一橋大学)

 司会(寺西・一橋大学) 司会の寺西でございます。

 午後のセッションは、2つのレポートと、もう一つは、主査であります尾高さんの全体的な研究方針に関するお話という形になっています。それから、各班別打合せということになっております。

 まず最初に、尾高先生から「広域アジアLTES作成の課題と方法」についてお話をいただきます。

 尾高(一橋大学) 多少時間をいただいて、具体的な作業方針の提案をしたいと思います。

 お手元に、多少分厚いメモが配付されているかと思いますが、実はこの中に書いてあることは、午前中のセッションで大体もう話題に上りましたので、それを総括するような形でお話しして、残りは、それぞれご自身でご覧頂いたらよろしいかと思います。ただ、このメモは完成途上にありまして、未完成であるということはお断りしておかないといけません。

 このプロジェクトを進行させていくためには、手引と言うとちょっとおこがましいですが、共通の作業指針のようなものがおそらく必要で、それはできるだけ皆さんのご意見を取り入れながらつくるほうがいいだろうと思っておりまして、お配りしたペーパーは、 「作業必携」と書いてありますが、ハンドブックと言うまでは行かないかもしれないが、そういう趣旨の小冊子をつくりたい。それも、できるだけ早くつくりたいということで、その取っかかりに書いたつもりであります。

 この中にも出てまいりますけれども、いずれは系列の名前であるとか産業の名前、それも英語の訳をつけたもの、そういったものの索引ブックであるとか、場合によっては用語の字典のようなものをつくるほうがいいだろうと思っております。そういうものの一連としてハンドブックをつくることをいま考えているということでありまして、その草稿をここにお見せしたということです。そのほかには、このプロジェクトの全体のマニュフェストがちょっと書いてあるというわけです。

 中身は、いま申しましたように、午前中のセッションで大体重要な点が触れられたと思うので、それをおさらいする形で、なおかつ、それぞれについてどういうふうにしていったらいいかという1つの提案をし、皆さんのご批判なりご意見を頂戴して、決められるものは決めたいと思います。

 COEのプロジェクトの究極の目的ないし中核部分は、マクロの経済歴史統計、長期統計をつくるというところにありますけれども、それだけでなくて、同時に、それに必要な一次資料を集めるというところにポイントがある。一次資料を集めるということにも、マクロの加工統計なり推計をすることと同じくらいのウエイトがあるとご理解いただいてよろしいかと思います。

 ただ、そういうことを言ったとたんに、経済史家の方々からは、質問なり疑義が表されるかもしれません。例えば、マクロ経済統計のさしあたりの観察単位は国民なり国でありますが、国とか国民という概念はわりと最近のもので、しかも西ヨーロッパで国民国家の誕生と同時に実際には人為的につくられたものにすぎない、そういうことでいいのか、そういう質問もあるかもしれません。これに対する答えは、それに別にこだわらないけれども、さしあたり国単位で行くほかないのではないか、特に現代との接続を考えるとそういうことにならざるを得ないのではないか。しかし、ここに1つの基本的な問題があるということは事実です。

 もう一つ、国民所得なり国内総生産なりを考えるということは、その背後に、市場経済が発達して、取引が市場で行われて、そこで価格が成立して、すべてのものはマーケット・プライスで評価されるということが一応の前提になっていると思うのですけれども、そういうことでいいのか。日本の場合でも、古い時代に遡れば遡るほど自家消費などということがあるわけで、農産物は全部マーケットで取引されたわけではないわけです。そういうことを考えると、生産と消費の間に少し齟齬が出てくる。いろいろそういう問題があるのをどうするか。

 基本的に言うと、市場経済なるものをどういうふうに考えているのか、これがもう一つ問題になると思います。いまは不問に付してあって、答えは何も出していないのですけれども、ここにも基本的な問題があることは事実である。ただ私は、そういう問題はあるけれども、擬制でもでも何でも、一応マーケット・エコノミー、しかも国民所得あるいは国内生産の概念で押さえておいて、それをできるだけ遡らせるということを中心の課題にしたいというふうに考えています。

 これは、ただ中心がないと全体がぼんやりするので、中心を押さえておくということであります。メモにも書いてありますが、国あるいは時代によっては、そう厳密なことは言っていられない。データがないところもある。ではどうするか。そういうところでは、あるもので料理をする。データがないからやらないということではない。このように、欲張ったことを考えております。

 そういうことをやる理由ですが、比較経済史の分析をいずれやるためとか、現代の我々の社会・経済をよりよく理解して将来の政策立案のために備えるとか、いろいろの意味があります。しかも、それを官庁とか国際機関でなくて大学でやるということに、それなりの意味があるだろうと思います。つまり、官庁とか国際機関ではやれないようなタイプの仕事によって貢献をしたいということを含意しています。

 そこで、幾つか午前中に出た問題で言えば、1つの提案は、ポイント・オブ・リファレンスといいますか、国民経済計算の枠組みが要りますので、そのときに何を使うか。先ほどの石渡さんの報告に沿って端的に言うと、さしあたり1968年のSNAでどうか。

 いまお配りしたメモの後ろのほうには、実際に日本の国民所得年報をベースにしてつくった試案が書いてあります。どういう産業分類をとるとか、どういう支出項目をとるとか、そういう提案が書いてあります。それが1つのポイントです。

 それから、プロジェクトの構造としては、基本的に4本柱で行ったらどうか。4本柱という意味は、溝口先生のご報告に沿って言いますと、モノとカネとヒトとそれ以外(社会統計)という4つの主要項目を考えたらどうでしょうか。つまり、GDPそのもののところがモノ、それに対応するところで金融のマネーフロー等のことを考える。それと密接に対応して、人口・労働力のシリーズを考える。それ以外に、それだけではとらえられない社会統計、例えば公害だとか教育−−教育は人口・労働のところで部分的にはとらえられますけれども、非常に細かいところまでは歴史統計としてはとらえられないので、幾つかのベンチマーク・イヤーを考えて、そこで教育とか衛生・保健とかそういうことを考えてもいいだろうと思いますし、情報化の問題とか、場合によっては政治体制とか社会運動とかも視野に入れていいと思います。

 ただ、そういうことはCOEの申請書にはあまり書きませんでした。そういうところに強調点を置くと、中核になる部分がぼやけてしまうので、最初の時期には中核の部分に焦点を当てたいと思ったからです。申請書等ではそういう社会統計に関するところはあまり強調点を置いて書いてありませんし、いまでもそこへ強調点を置くような書き方はしたくないのです。しかし、それだから重要でないというふうに思っているわけでは全くない。とにかく、4本柱で行ったらどうかというのが提案の2番目です。

 3番目は、先ほど溝口さんがいろいろ説明してくださった大きな難題があります。こういう長期統計を対象にして分析なり作業をしようと思うと、大きく言って3つぐらいの難題がある。(もっとも、溝口先生のご報告を聞いて、とにかく難題に対する回答は一応あるということなので、私は非常に喜んでいるわけです。)その難題の1つは、あまり難題と言えるかどうかわかりませんが、先ほど小浜君が質問していましたけれども、基本的にGNPでなくてGDPを中心にしよう、それを国民概念にするかどうかは、できるところはやる。できても、できなくても、とにかく基本はGDPで行こうということが1つ。

 それから2つ目の難題は、指数問題。あるいは我々のメモの中では集計量(アグリゲーション)の問題ということで書いてあります。つまり、マクロ経済学は、基本的には財が1つしかないと世界を考えていて、それを現実のデータとくっつけて考えるときには非常に大きな問題が生ずるわけです。現実には産業構造も変わるし、新しい商品は生まれるし、なくなる商品もあるし、それに応じて産業とか商品相互のウエイトも変わってくる。そういうことをどういうふうに評価して、それを全体の国民なり国内生産という概念でどう押さえるか。ここは、その関係で生ずる問題の指数問題とか集計問題です。先ほどの溝口先生のご提案に従って、連鎖指数、Divisia Index に対応するもので対処すればいいのではないかと思います。そういうふうに考えれば、この難題も解ける。

 3番目は、先ほど望月さんが言ってらっしゃいましたけれども、国境とか領域が変わったり、場合によっては国がなくなったり、新しく生まれたりするわけで、それをどういうふうに考えるかという問題です。これは、私もいまのところ答えがないのです。しかし、基本的には、現実の歴史の流れのありようを一応前提にして、それで推計をして、その上で幾つかの加工統計をつくって、研究者の必要に応じてさまざまな作業ができるようにしておく。例えばコリアの場合でしたら、戦前と戦後をどういうふうにつなげるかという問題があります。先ほどの溝口さんのご報告によれば3つの選択があるということでしたけれども、その3つの選択が、データ的に可能であれば、データベースとしては、そういう選択を実際にデータベースを使う人ができるような余地は残しておくと一番いい。しかし、例えば北朝鮮が戦前もあったとしたらどうだったろうか、というような計算にどれだけ意味があるかには大きな疑問があるだろう。そこまでは共通の課題として必ずやりましょうということにはしないほうがいいのではないかと私は思います。ともかく、3つの難題のうち2つに対する答えは一応出たというふうに考えて、進んでもいいのではないでしょうか。

 あと、幾つか技術的な問題がありましたが、そのうち2つに触れておきましょう。

 1つは、溝口先生がおっしゃいました、基準年をどうしたらいいかということです。基準年は、戦前については、日本とか台湾とか戦前の朝鮮等を考えると、193436年が使われることが多いので、もし戦前について基準年をつくるのだったら、その辺ではどうか。それから、戦後について基準年をつくるのだったら、1960年でどうか。1960年というのは、すでに溝口先生が使われている基準でありますが、それでもしご異議がなければ、そういうことで合意してはどうかと思います。

 あと、石渡君が言っておられた、ストック統計をどうするかということについては、ストック統計は、あるところではもちろん使ったらいいわけです。しかし、ないところでストック統計をつくりましょうと言ってもそれは難しい。ストック統計は非常に重要であって、もしそれがないとすれば、残念ですけれども、それはそれで仕方がない。プロジェクト全体としては、フロー中心で行くことになるだろうと思います。それはそれでしようがないのではないかと思います。

 申し上げたいことは大体以上でありまして、いまお配りしたペーパーの中ごろには、実際の作業をする場合に、SNAを基準にして、どういう商品とか産業をとったらいいかということに関する試案が書いてあります。これは主に久保庭さんが中心になっておまとめくださったものです。それから、一番後ろのほうには、私はモノとカネとヒトと言ったわけですが、そのカネの部分、金融・財政についてどういうふうに考えるかということが書いてあります。ここは主に三重野君がまとめてくださったもので、具体的な項目等々が載っています。

 いずれも、基本的に、日本の国民経済計算のありようを参考にして書いていますので、ほかの国で必ずこれが当てはまらないかもしれません。当てはまらないところは、これをスタンダードにして、それぞれ工夫をしていただくほかはないと思います。そういう際には、できるだけお互いの間で意見交換をして、どういう問題があるか、あるいはどういうふうに解決を考えているか、というようなことが情報として行き来すると、一番よろしいと思います。

 最後に、実際の作業に当たって、皆さんが一緒においでになるところでご説明する機会があまりありませんので、先ほどあいさつの中で申し上げましたけれども、もう少し具体的なことを1つ2つ申し上げたいのです。

 基本的に、皆さんのそれぞれのご自分の研究室と国立の一橋大学経済研究所との関係なのですけれども、基本的に、国立の経済研究所は、統計資料を購入したり集めたりするときには経済研究所に入れるという意味で、資料センターであり、また、そうなることを目指しているということが1つです。

 もう一つは、全体のプログラミング、あるいはプロジェクトのコントローに関連しています。コントロールというのは、管理するというよりは、誰がどこで何をしていて、どういうふうに進行しているとか、どこに問題があるとかいうような情報のネットワークの中核ポイントとして幹事会と事務局を置いています。ここでは、品質管理のようなこともさせていただくつもりでおりますけれども、ともかくマネジメントのセンターという意味がある。

 3番目に、金庫が私どもの手元にあるというふうにお考えいただきたい。このプロジェクトは基本的に科学研究費なのですけれども、文部省のこういうタイプの企画としては、いままでよりは柔軟に支出ができたり、お金を使ったりすることができます。それでもいろいろ制約はありますので、何かご要求等があれば、ご遠慮なく、特に幹事のところまでご相談くださるとよろしいと思います。

 あと、久保庭さんと三重野君、何か付け加えてくださることはありますか。

 久保庭(一橋大学) 8ページの次の次のページが、世銀が取り上げている 209のカントリーとテリトリーのコードです。その下にありますのが、以前に分かれた国、特に台湾とか取り上げておくべき国、以前は統一されていまして1つの国であったコリアとかソビエト・ユニオン、こういうものを追加的にどんどん挙げていく必要があるということをサジェストしております。

 その次のページが、1国ないしは1テリトリーの内部の地域の区分を、チャイナとロシアについて例示しております。こうやって順番にコードを、どんどん桁数が増えていくわけですが、つけていくことになります。

 その次のページが、GDPとGDE、国内総生産と国内総支出勘定に関する、ぜひ国内総生産としてやっていかなければいけない部分、国内総支出として押さえておかなければいけない部分、経済活動別の国内総生産という形で、日本のSANで行きますと、主要系列と統合勘定の我々がぜひやらなければいけない部分だけを掲載しております。

 その次のページは参考表で、日本の場合の例示がついております。

 さらに、その次のページは、国際標準産業分類の小分類までを記したものを参考表につけております。現在、日本並びに国際を参考にして、商品と産業のコードをつくっております。

 以上が私のやった部分で、あとは三重野さんのほうからお願いします。

 三重野(一橋大学) 私の担当したところは後ろから5枚目ですが、最初の2ページは国名について、先ほど久保庭先生のおっしゃられた世銀を参考にしてつくられた分類を、この作業にちょうど合うような形で細かく分類あるいは脚注をつけて、備考をつけていっている段階であります。まだ全く未完成ですし、現在の世銀の分類に加えて、過去に存在した国等についてもこれから増やしていく予定であります。また、国の面積の変更ですとか、統合・分裂などについての資料としても備考の部分につけていきまして、統計の参考にしていただきたいと思っております。

 それから、後ろから2ページの2枚の部分につきましては、金融の部門と財政にかかわる部分について、この分類をしたものであります。これは後ろから3枚目の紙にありますSNAの分類との対応で言いますと、2番目の制度部門別支出勘定及び制度部門別資本調達勘定の金融機関、一般政府に当たるところ、というふうに想定しております。これはもちろん、各セクションごとの関心対象を拘束するようなものではなくて、できれば、さまざまなセクションでつくられていかれる部分について、標準の分類とのリレーションを常に考えていただければと思います。この通し番号等については、これから作業を進めていく予定であります。

 司会 質問はございませんか。

 小浜(静岡県立大学) いますぐお答えいただかなくてもいいのですが、私は前から尾高さんに、どういう目的に耐える、どういうデータを、どういうふうにつくるのか、ということがまずハンドブックの前にあるべきではないかと言っていたわけで、例えば、固有名詞としてのLTESのこの部分までは欲しい、最低限これではだめだとか、そういうことがまずあって、次に、こういう形でハンドブックとかマニュアルになるんじゃないかなと思っていたのです……というのが私の質問です。

 加納(東京大学) つまらないことなのですけれども、三重野さんが話された国別の分類の表ですが、真ん中よりちょっと下のところ、モルジブが東南アジアに入っていますけれども、南アジアではないかと思います。

 司会 では、尾高さんお願いします。

 尾高 小浜君の質問に答えるのは簡単でないので、ちょっと考えさせていただきたいのですが、一様に全体を通じてこれが基準であるとプランはなかなかつくりにくいと思います。小浜君、何かサジェスチョンはありませんか。

 小浜 それは、こういう形でこういうふうにつくりましょう、という答えでいいわけです。各部門でメモを出せとか、別に尾高さんひとりにそれを押しつけるというつもりはなくて、それをつくるためのものを、各メンバーに、おまえはこういうことについてメモをいつまでに出せとか、それをエディットするのは尾高さんは責任があるかなと思っているわけです。

 尾高 それは、早急に幹事会等で考えます。

 1つだけ、私は引っ込む前に言いたいことがあります。私のお配りしたメモは、先ほどの溝口先生のご報告の中で気がついたわけですが、溝口先生のお言葉を使えば、少し古い信念にとらわれて書いてある部分(p.3)があるのです。たとえば、できるだけオリジナル資料に遡るのが一番よいというふうに書いてあります。しかし、先ほどの溝口先生のご提案に従えば、政府のオーソライズされた『統計年鑑』があるときにはそれの最新版に従う等々でよいということになりましょう。皆さんがご賛成くだされば、そういう方針で行くということで、私は異存ありません。ただ、今日決められなくても、できるだけ早い機会に、こういう方針で行くというふうに決めたほうがよろしいかと思います。

 だから、この点について何かご提案があれば、いま伺っておきたいのです。溝口さん以外にそういうことに詳しい方はどなたですか。松田先生かな。何かご提案はありますか。

 松田(一橋大学) 国によって状況が非常に違うと思うのです。これはご検討になる必要がある。

 それから、一次資料と言われても、どれが一次資料なのかということが問題でありまして、それこそ日本の例をとりますと、大正9年の『国勢調査』と昭和5年の『国勢調査』と産業・職業別人口をとっている資料に2つあるわけですけれども、昭和5年のときに大正9年の組みかえ集計を別途出しているのです。非常に薄いパンフレットなものですから、皆さんご存じなくて、大正9年の原資料に当たられる。そういうことが多いわけですけれども、それと類似の問題がほかの統計にもいろいろございます。

 尾高 例えば、先ほど溝口さんがおっしゃったようなことを、さしあたりの暫定方針として決めておいて、少し作業をしてから、問題を持ち寄って必要なら改訂する、ということではいけませんかね。

 松田 先ほど石渡先生がLTESの非常に簡潔なご報告をなさったわけですけれども、あのとき、梅村・溝口推計の前の時代と違うのは徹底さであるというお話をされていて、それは石渡先生のお使いになった資本ストックの推計と江見先生のお使いになった資本ストックのときに、工場数という概念一つとりましても、お二人が使っている数字が全然違うソースをお使いになっているのです。そういうふうなところをコンシステンシーをとったほうがいいというのが溝口さんのお話のポイントかと思います。ですから、あまり先に行ってしまいますと収拾がつかなくなる。

 司会 この点は後で尾高さんにお考え願って、ここで午後のブレイクをとりたいと思います。