アジアの株式市場の成長と機関投資家の役割 (1)

シンガポール・マレーシア・タイのケース


丸  淳子




1.はじめに:経済成長と株式市場の機能

アジアの経済発展の初期は政府主導の経済計画と基幹産業やインフラの整備によって開始された。経済発展に必要な資金は国内貯蓄では足りず、多くは海外からの開発途上国援助、公的機関の保証による借入などに依存した。また、国内の金融システムは国営を含む商業銀行を中心に構築された。経済成長の進展とともに、海外からの技術をともなった直接投資が拡大した。

このような過程においては株式市場はまだ大きな役割を果たしていなかった。シンガポールやマレーシアのようなかつてイギリスの植民地としての経験をもつ国では、株式市場は比較的古くから存在していたが、資金調達の場としての実質的機能はほとんどなかったといえる。また、タイでは海外からの資金借入の条件として、金融市場に市場メカニズムを導入するよう世界銀行から勧告されていたが、それを受けて株式市場が育成された。

では、株式市場は経済発展のどのような場面でその機能を発揮するのであろうか。以下、シンガポール・マレーシア・タイのケースから機関投資家の行動を通して株式市場の発展をみてみよう。



2.アジアの株式市場の特徴

図表1は、1人当たりのGDPに対する1人当たり株式市場時価総額を示したものである。経済の成長は株式市場の拡大をともなっていることがわかる。この関係はヨーロッパの国々には当てはまらないが、アジアでは経済成長が株式市場を拡大させているのである。シンガポール、マレーシア、タイの順に経済成長は進展し、株式市場も対GDP比でみると、シンガポールは1980年代最初から0.5であるが、マレーシアでは1980年代後半にこの水準に達している。タイは1990年代に入って0.5に到達した。株式市場の売買頻度を示す売買回転率は表1である。タイがもっとも高い回転率を示しているが、シンガポール、マレーシア、タイとも1980年代後半と1992−93年に一段と回転率を高めている。

以下、株式流通市場に焦点をあてて、経済成長と株式市場の関係を考えてみよう。まず、株式市場の価格形成のプレーヤーの特徴をみよう。


(1)個人投資家

アジアの株式市場は個人投資家のウェイトが高く、価格形成にも個人投資家の影響が大きいといわれている。しかし、これを裏付けるデータは必ずしも充分ではない。いくつかのデータから3か国の個人投資家の行動を推定しよう。シンガポールの株式保有比率をみると、1990年には法人30%強であり、個人は20%、ノミニー(名義人)が37%となっている。法人の多くは支配株であり市場で売買されることは少ないといわれ、市場のプレーヤーは個人と海外投資家などの機関投資家を含むノミニーが主である。マレーシアの株式保有状況は個人が16%で、ノミニーが38%、金融機関が46%である。金融機関には国内機関投資家が含まれ、海外機関投資家はノミニーに含まれる。後で述べるように国内機関投資家が必ずしも株式市場のプレーヤーとして重要な役割を演じていなかったことを考えると、個人は主たるプレーヤーとみられる。タイの株式保有状況のデータはないが、売買高をみると1993年には個人投資家が75%を占めていた。1995年には55%と過半数となり急激にそのウェイトを減少させている。他方、海外投資家の売買高比率が1993年の17%から1995年の33%に急増している。

株式市場で重要なプレーヤーである個人投資家とはどのような投資家であろうか。マレーシアの個人投資家についてのアンケート調査によると、個人投資家のプロフィルは、a)高学歴、b)華僑系、c)専門職あるいは管理職、d)短期投資(ブルマーケット時保有期間1週間以内が40%)であった。このような結果はタイの調査でも裏付けられている。個人投資家の株式投資はかなり短期的、投機的であると考えられる。


(2)国内機関投資家

シンガポールの最大の金融機関であるCPF(Central Providence Fund)は従業員と雇用者それぞれが給与の20%を拠出する強制的貯蓄制度である。しかし、CPFは株式市場のプレーヤーではない。運用資金の大部分は国債保有であり、直接株式投資は全く行っていない。マレーシアでもEPF(Employee Providence Fund)およびその他年金基金による強制的貯蓄制度の部分が大きい。これらの金融機関の資金運用は最近まで70%以上が国債で保有されている。株式への投資はあるがウェイトはかなり低い。タイの金融機関は商業銀行とファイナンス・カンパニーが大きなウェイトを占め、保険や投資信託という機関投資家のウェイトはまだ低い。

株式市場を機能させるためには、株式市場の拡大にともなって、ファンダメンタルズによる株価売買が重要になる。この点から個人投資家の短期売買が主流であるアジアの株式市場は、必ずしも機能的に成長しているとはいえない。他方、欧米や日本の株式市場では投資家の機関化がすすんだ。その理由は、リスク分散や情報コストは機関投資家を有利にさせるからであり、アジアにおいても機関投資家の育成は重要課題である。そのためにも個人資金のリスク分散運用を最大の目標とする投資信託にも期待が寄せられている。

図2は株式市場と投資信託の規模を示したものである。3カ国のうち、投資信託の株式市場規模に対するウェイトが大きいのはマレーシアである。シンガポールは株式市場の発達に比して投資信託のウェイトは小さい。タイはまだ株式市場も投資信託も未成熟であるが、投資信託の伸びは急増している。

マレーシアの投資信託(ユニット・トラスト)には国営・政府系・民営の運用会社によるものがある。1996年末では、ファンド数は国営3ファンド、政府系24、および、民営50であり、運用純資産額の割合はそれぞれ81.6%、6.7%、11.7%である。圧倒的に国営、政府系ファンドのウェイトが大きい。とくに、国営ファンドは販売対象がブミプトラ(マレー人)に限定されている。1981年に設定された最初の国営ユニット・ファンドANSは価格が固定されており、収益は配当とボーナス(無償交付)で、預貯金に比して2倍以上と非常に高い。その後、よりブミプトラが購入しやすい新たなファンドSNB(1997年にプミプトラ限定でない国営ユニット・トラストが販売された)が設定され、急成長している。

国営ファンドのパフォーマンスのよさの秘密は、新規上場株式は市場以下の低価格で国営ファンドに割り当てられることが義務付けられているからである。さらに、公開されない国営企業の民営化株式も優先的に国営ファンドに割り当てられる。他方、民営ユニット・トラストは急速に増加しているが、そのウェイトは小さい。さらに、民営ファンドはそのパフォーマンスがよくない。

図3はファンドのリスクとリターンを示したものである。実線がリスクを考慮した市場平均であるが、大部分のファンドは線の下方に位置している。

シンガポールの投資信託は民営のユニット・ファンドであるが、量的にはあまり多くない。シンガポールには投資信託協会がないので、正確なデータが得られない。断片的な情報から判断すると、ごく最近まではあまり活発な機関投資家ではなかった。シンガポールのユニット・トラストの1つの特徴はCPF加入者が積立金を引き出して株式やユニット・トラストを購入する制度があり、この制度が拡大されている。ユニット・トラストに関していえば、CPFお墨付きのファンド(trusted or approved funds)を購入することが可能である。CPF経由のユニット・トラストの拡大政策にはシンガポールにおけるシンガポール人のファンド・マネジャー育成の目的がもくろまれている。香港に比して弱いといわれているファンド・マネジャーの能力向上をめざしている。また、CPF経由の資金運用の拡大は海外の資金運用会社のシンガポール進出のきっかけとなっている。しかし、シンガポールのユニット・トラストのパフォーマンスは現状では必ずしもよくない。

図4のシンガポールの投資信託のパフォーマンスはマレーシアと同様の結果を示している。

タイの投資信託(ミューチュアル・ファンド)は1992年まで国営のミューチュアル・ファンド会社1社であった。1992年に民営の運用会社が認可され、その後7社が新規参入している。また、かなりの運用会社が認可される予定であり、急速に発展してきているが、量的にはまだ小さい。タイの市場は典型的な短期売買の個人投資家が支配する市場であったので、政策当局は株式市場の発展とともに、機関投資家としての投資信託の育成を重要視した。また、強制的貯蓄制度の未発達なタイでは貯蓄動員の手段としても期待されている。投資信託の普及のため、投資信託協会が設立され、投資信託のパフォーマンス情報の公開や投資家教育などに力をいれている。タイのファンド数などは多くないが、そのパフォーマンスは平均的には、市場平均を上回っている。


(3)海外機関投資家

海外、とくに欧米の機関投資家はグローバル運用の一環として、経済成長の高い東アジアを重要視している。株価動向や売買高動向などから、1980年後半、および、1992−93年に海外投資家が増加したことが推測される。たとえば、ユーロマネーのリサーチ・ディビジョン(Euromoney Research Division)は600社の世界的機関投資家を対象にアンケート調査をおこなった(回収124社)。

表2は地域別投資比率の1992年末実績値および1994年末予想値に関するアンケート調査の結果である。欧米の機関投資家のアジア投資は自国を除くとアジアへの投資比率が高く、さらに増加させる意向がうかがえる。さらに、アジアの中でも投資比率が高くなっているのは、そのファンダメンタルズに加えて、投資制限の低さ、市場の流動性、リサーチの正確性などの点が評価されている国で、香港・シンガポールが市場の時価総額比以上に大きなウェイトを得ている。

(つづく)

1)1997年にブミプトラ限定でない国営ユニット・トラストが販売された。

(まる・じゅんこ 武蔵大学経済学部教授)