9月14-15日に佐野書院で開かれたロシア班国際ワークショップは、極めて専門性の高いもので、私個人としては大きな充実感を味わうことができた。このワークショップには、ロシア統計国家委員会から5名、CIS統計委員会から2名の統計家が参加した。このことだけでも、特筆すべきことである。
私は、ソ連・ロシアの公式統計を用いて、ソ連・ロシア経済を分析するという研究をずっと続けているが、これら公式統計の作成者たちと親しく付き合うようになったのは、ごく最近のことである。古い手帳をめくってみると、ちょうど4年前の1995年9月18日にCIS統計委員会で、今回のワークショップに参加されたイワノフ氏とホメンコ氏に初めて会っており、翌19日に、現在、一橋大学経済研究所に滞在中で、ワークショップにも参加されたロシア統計国家委員会のポノマレンコ氏に初めて会っていた。当時私は2カ月ほどモスクワに滞在していたが、経済企画庁からモスクワの日本大使館に出向されていた方にお願いして、この2つの訪問が実現したのであった。
イワノフ氏はCIS統計委員会副議長という要職にあるが、学究肌の人である。1960年代から長年にわたってニューヨークの国連本部に出向していたこともあり、英語も堪能である。また、国連で日本人研究者とともに働いていたということもあって、日本に大変よい印象を持たれている。そのためか、4年前も、初対面の私に対して非常に親切に対応してくれた。その後は、モスクワや一橋大学で年に何回か必ず顔を合わせることとなったのである。彼の片腕となっているのが、ホメンコ氏という信心深い女性で、この方は、今回のワークショップを含めて、いつも生真面目に私の重箱の隅をつつくような質問に答えてくれた。
CIS統計委員会というのは、人的には1991年末に消滅したソ連統計国家委員会の一部を引き継いでおり、その主要な役割は、CIS各国の統計機関に対して方法論上の勧告を与えることにある。旧ソ連諸国は1990年代に入ってから、市場経済化とともに、従来のMPS統計からSNA統計への移行を本格化しており、そのための知的支援を必要としたのである1)。国連での仕事の経験があり、SNA統計についての造詣の深いイワノフ氏は、こうした仕事には打ってつけの人物である。
ポノマレンコ氏は、ロシア統計国家委員会でSNA国民所得統計作成の中心となっている人物で、4年前も、ロシアのSNAの話をしたいならこの人に会えと言われて、会いに行った人である。1995年9月というのは、ロシア統計国家委員会が世界銀行との共同作業で、作り始めたばかりのGDP統計の大幅見直しを行ったときである。私がポノマレンコ氏と会った数日後に、世界銀行との最後の会合が開かれるということで、そこで承認される予定の修正値やその方法論について具体的に教えてくれた。彼からもらったその会合のための200頁ほどの資料を、宝物のようにアパートに持ち帰って、読みふけったことを思い出す2)。
こんなことを長々と書いたのは、当時(といっても、たった4年前)は、このような人たちと一橋大学でワークショップを開く時代が来るとは、とても想像できなかったことを強調したかったのである。
さて、話を今年9月のワークショップに戻そう。ロシア統計国家委員会からは、ポノマレンコ氏のほか、国民勘定局長で、彼の上司にあたるマサコワ氏(産業連関表作成のチーフ)、局長補佐のヘンキナ氏、企業統計・構造調査局長のウリヤノフ氏、価格・金融統計局長のガリャーチェワ氏が招待され、それぞれ報告を行った。ウリヤノフ氏を除く3名は女性である。
ウリヤノフ氏やガリャーチェワ氏との初めての出会いも鮮明に覚えている。それは、1996年3月、久保庭真彰氏とともにモスクワの統計国家委員会を訪れたときのことであった。久保庭氏は、当時のソコリン統計国家委員会副議長(現在は同議長)から一橋COEプロジェクトへの全面協力の言質を取り、その翌日、局長クラスの4人の方と順番に会うことができた。少なくとも私にとっては、そんなことは初めてであった。そのうちの2人が、ウリヤノフ氏とガリャーチェワ氏であった。ウリヤノフ氏は、ソ連・ロシア国家統計の根幹を成す工業統計のチーフを務めていることだけあって、根っからの統計家という感じの人であった。1分の無駄もなく、実務的、具体的な話を続けたことを思い出す。確かその日の最後に、我々も相当消耗した後に会ったのが、価格統計担当のガリャーチェワ氏であった。この女性は極めて実務的なことに加えて熱っぽい方で(ガリャーチェワとはロシア語で熱いという意味)、我々の話が少しでも一般的、抽象的なものになると、そんな話に付き合う時間はないといった調子で、文字どおり熱くなるのであった。再び脱線してしまったが、このお二人が一橋大学のワークショップに参加するようになる時が来るとは、やはり当時は想像もできなかった。
私は、ロシアのGDP歴史統計の作成という作業を、ロシア統計国家委員会との共同事業として行っている方針を強く支持している。このやり方は、双方にとって非常に利益がある。すなわち、我々の側には、公式統計のオリジナルデータの入手という利点に加えて、彼らとの討論を通じて現在および過去の統計方法論をより具体的に理解することができるというメリットがある。ロシア側には、最新のSNA統計方法論を習得することのほか、自国の歴史統計の作成に関与できるというメリットがある。
ペレストロイカ期以降、ソ連・ロシアの公式統計に対する批判が噴出した。たとえば、ソ連の経済成長率についての様々な代替的な推計がロシア人あるいは外国人によって作成・公表された。大抵の場合、統計国家委員会は一方的に批判される立場であった。しかし、今回のワークショップにおいてポノマレンコ氏と久保庭氏が共同で報告された1960年代以降のロシアGDP統計は、ロシア統計国家委員会が作成に深く関与した初めての本格的な代替的推計と位置づけられる。また、やはり今回のワークショップにおいて、工業成長率について物量統計に基づく推計を披露した栖原学氏の報告に対して、ロシア側が大きな関心と今後の協力の意向を示したことも、ロシア側が自国の歴史統計の作成あるいは見直しに並々ならぬ意欲を持っていることの現れであろうと見なされる。
このように今回のワークショップは、プロジェクトがロシア側との共同事業という形で進められていることの正当性とその生産性の高さを余すことなく示したように思われた。そして、個人的には、ロシアの公式統計作成機関との協力関係が新しい段階に入って来たことを強く感じた。プロジェクト開始から5年目という時期を考えると、今回のワークショップは、プロジェクトのフィナーレを飾るものとならなければならないのかもしれないが、私には、これからの進展が楽しみになるような、何かの始まりを告げるようなワークショップであった。なお、私のような日本側の参加者だけでなく、イワノフ氏をはじめとするロシア側の参加者も、このワークショップに心から満足していたことを最後に付け加えておきたい3)。
1)ロシアにおける統計システムの移行については、久保庭真彰・田畑伸一郎編『転換期のロシア経済―市場経済移行と統計システム』(青木書店、1999年)を参照されたい。
2)主として、この資料をもとに執筆したのが、"Changes in the Structure and Distribution of Russian GDP in the 1990s" (Post-Soviet Geography and Economics, Vol. 37, No. 3, 1996)という拙稿で、COEプロジェクトのReprinted Paper No. R96-9に収録された。
3)本文中で触れられなかったが、今回のワークショップでは、久保庭真彰氏と栖原学氏(日本大学)の他に、日本側からは、上垣彰氏(西南学院大学)と私が報告した。上垣氏は国際収支表、私は貿易統計について、現在のロシア統計の到達点から過去を振り返るという形の報告を行った。なお、このワークショップについては、Voprosy statistiki (1999,No.11, pp. 57-58)にロシア側参加者による紹介記事が掲載されている。
Russian Economic Statistics in Historical Perspectives
September 14(Tuesday)-15(Wednesday), 1999
Program
September 14
1 | Report | Yury Ivanov ( CIS Statistics Committee) , "National Accounts in Russia and the former Soviet Union " |
---|---|---|
Discussant | Shinichiro Tabata (Slavic Research Center, Hokkaido University) | |
2 | Report | Irina Goryacheva (Head of Department, Goskomstat), " Statistics on Prices and Finances in Russia" |
Discussant | Manabu Suhara (Nihon Univ. and Hitotsubashi Univ.) | |
3 | Report | Alexey Ponomarenko and Masaaki Kuboniwa ( Institute of Economic Research, Hitotsubashi University), "Estimating Russia's GDP: 1960-1990" |
Discussant | Tachiana Khomenko (Deputy Head of Department, CIS Stat Com) | |
4 | Report | Rakhil Khenkina (Goskomstat), "National Income Statistics in the Soviet Union and Russia" |
Discussant | Alexey Ponomarenko (IER, Hitotsubashi University) | |
5 | Report | Irina Masakova (Head of Department, Goskomstat) ," Russia's SNA" |
Discussant | Masaaki Kuboniwa |
September15
6 | Report | Manabu Suhara (Nihon University), "Estimating Russia's Industrial Production: 1913-1990" |
---|---|---|
7 | Report | Igor Ulyanov (Head of Department, Goskomstat), "Industrial Production Statistics in Russia" |
Discussant | Yury Ivanov | |
8 | Report | Tachiana Khomenko (Deputy Head of Department, CIS Stat Com),"Estimation of Historical GDP in Russia and Central Asia" |
Discussant | Masaaki Kuboniwa | |
9 | Report | Akira Uegaki (Faculty of Economics, Seinan Gakuin University), "Russia's BOP Statistics" |
10 | Report | Shinichiro Tabata, "Russia's Foreign Trade Statistics" |
Discussant | Tachiana Khomenko | |
11 | Report | Masaaki Kuboniwa, "Estimating GDP in Pre-revolution Russia" |
Discussant | Yury Ivanov |
(たばた・しんいちろう 北海道大学スラブ研究センター)