エジプトにおけるフランスの研究機関:CEDEJ


− その概要と歴史人口学研究 −



店田 廣文



5月上旬の夏の日、エジプトの首都カイロ中心部からナイル川をこえ、ギーザ県所在のフランスの研究機関、CEDEJ( CENTRE D’ETUDES ET DE DOCUMENTATION ECONOMIQUE, JURIDIQUE ET SOCIALE, 経済・政治・社会研究および文献収集センター )を訪問した。その折りのヒアリングおよび資料をもとに CEDEJ の概要と研究活動の一端を紹介する。

CEDEJ は3階建てヴィラの中にあり、入り口はこじんまりとしているが、屋内は広く、1階には開架式図書室と統計資料などの所蔵書庫、2階には管理部門( 所長室、事務局、出版部など )、会議室があり、3階が研究室および地図資料の保管室、データ入力室などが置かれている。また、1階にはパーティにも使われる裏庭を有している。 なお、CEDEJ は1998年9月にカイロ都心のタラアト・ハルブ地区へ移転する予定である。( e-mail address:cedej@idsc.gov.eg )

 

沿革と目的

CEDEJ 設立の契機は、1968年のエジプト・フランス協力協定にさかのぼる。1980年以降、フランス外務省と国立科学研究センター( CNRS; CENTRE NATIONAL DE LA RECHERCHE SCIENTIFIQUE )の支援をうけて、エジプト、近東( Proche-Orient )、現代スーダンに関する研究活動をおこなっている。スーダンのハルツーム大学には、研究拠点を設置している。

CEDEJ の主要な目的は、第一にアラブ世界、イスラム世界に関する研究と成果の普及、第二に文献資料の蓄積、第三に若手研究者の育成にあるとされている。これら目的の達成のため、CEDEJ は、エジプトの機関ではカイロ大学、中央統計局( CAPMAS; CENTRAL AGENCY FOR PUBLIC MOBILIZATION AND STATISTICS )、アズハル大学、国立社会犯罪研究センター( NATIONAL CENTER FOR SOCIAL AND CRIMINOLOGICAL RESEARCH )、アハラーム戦略研究センターなど、フランスの機関では国立科学財団( FONDATION NATIONALE DES SCIENCES POLITIQUES )、アクサン・プロヴァンスの IREMAM、ツールの URBAMA、ORSTOM、INED、IAURIF、その他多数の大学など、さらにハルツーム大学、欧州連合、アラブ連盟などとの多彩な協力関係を保ちながら、研究活動をすすめている。

 

研究活動の全体像

CEDEJ の研究ユニットとその規模について、列挙すると以下のようである( 1997〜1998年度 )。

 
研究ユニット 研究員  準研究員  研修生 
A.現代の政治、法律、歴史11 1 13
B.空間と社会および
   現代カイロの都市観察 ( OUCC ) 

2

2 5
OUCC ニュースレター編集者1
C.経済と人口3 2 5
D.言語1 1 なし
E.( ハルツーム拠点 )1 3 5
F.( ドバイ拠点 )1 なし なし

  OUCC : Observatoire Urbain du Caire Contemporain

 

研究活動とならんで重要な位置を占める文献資料収集について現状は以下のようである。

    (1) 20万件の新聞記事の収集。

    (2) 740タイトルの定期刊行学術雑誌を所蔵。1876年以降のエジプトの雑誌は、マイクロフィルムやマイクロフィッシュで所蔵。

    (3) 2万冊の単行本を所蔵。うち3分の2はアラビア語書籍。書籍インデックスは、1994年はじめに完成。

    (4) 600タイトルの統計定期刊行物を所蔵。1882年以降のセンサスをはじめ、人口、保健、教育、経済統計などを所蔵。

以上の研究ユニットの成果や、文献収集の成果は、CEDEJ の出版物などとして公表される。現在、CEDEJ は、学術雑誌として、”Egypte/Monde Arabe”( フランス語、 1990年6月創刊、不定期刊行、現在29号まで )および ”Misr wal-’Aalam al-’Arabii”( アラビア語、誌名は前者と同一である、1993年創刊、現在5号まで )、そのほか、Dossiers du CEDEJ, Recherches et Te´moignages などのシリーズを刊行している。

 

 

 



左:CEDJE正面入り口  右:図書室

 
左:地図資料所蔵室  右:OUCCプログラムによるマップ

 
MapInfoによる地図画像

 

人口研究

CEDEJ は、前述の研究ユニットの活動および、それらを横断する研究プログラム を実施中であり、それらの中に一橋大学経済研究所の「 アジア長期経済統計データベース・プロジェクト 」と関連の深い研究領域を有している。それらは、「 現代カイロの都市観察( Observatoire Urbain du Caire Contemporain, OUCC )」、「 1800年以降の都市成長 」および「 1846年センサス 」の各研究である。これら3つは有機的に関連したものであり、1846年〜1996年の人口センサスなどの各種統計と、収集された多種多様な地図ならびに GIS( 地理情報システム )を利用した研究が行われている。

ここでは、上記一橋大学のプロジェクトと一番関連の深い「 1846年センサス 」( このセンサス結果は未公刊である )研究を主として取り上げながら、これら研究プログラムを紹介する。

CEDEJ では、これまでも19世紀はじめから現代までの多様なテーマについての研究が行われてきているが、これら3つのプログラムは有機的に関連しながら、1800年以降のエジプトの近現代史について都市史を中核としながら、記述しようとする研究であるといえよう。

エジプトには、まだ利用されていない統計資料が豊富に存在している。CEDEJ は、カイロ大学の支援をうけて、エジプトに関する歴史人口学的研究の第一歩として、カイロの国立公文書館に所蔵されている1846年センサスの個票から、エジプト全土にわたって8万票を抽出し、再集計と分析をおこなった。この作業は、1994年に始まり、1996年12月にカイロで開催されたアラブ地域人口会議では、その中間報告がおこなわれた( 参考文献を参照 )。1997年には、ほぼその作業がおわり、今後二巻の報告書の刊行が予定されており、第一巻はカイロ、第二巻はその他のエジプトに関する報告書になるという。

この研究は、以下のような成果をもたらすものになるであろう。

    (1) 1846年のエジプトの人口・社会像を初めて詳細に提示する。

    (2) 1846年から1882年( この年におこなわれたセンサス結果は公刊されている )にかけてのエジプトの社会人口史を初めて提示する。

    (3) 19世紀前半の人口増加や人口移動の推計を可能とする。

    (4) 歴史人口学への学問的寄与となる。

    (5) 人口増加格差のもたらす社会学的偏差と社会変動にかんする社会人口学における議論への寄与となる。

一方、「 1846年センサス 」研究の成果を利用しつつ、「 現代カイロの都市観察 Observatoire Urbain du Caire Contemporain, OUCC )」研究プログラムでは、カイロのみならずエジプト全土について、1846年から1996年までの13のセンサスを利用した研究が行われている。地図資料をベースとし、地理情報システムを利用して、エジプト全土の5200の行政単位について、1400ずつの情報を入力し( つまり、全体では約730万件のデータを入力 )、分析が行われている。これらデータは、地図上に投入されており、エジプト全土の1846年から1996年までの、地域のダイナミックな変動や都市成長のプロセスを明らかにすることができるのである( Macintosh によるデータ処理のソフトウェアとして、MapInfo および Excel が利用されている )。この研究プログラムでは、現在、カイロのエレクトロニック・アトラスを編集中であり、1998年には CD-ROM として提供されるという。これは、首都カイロの成長および都市形態の変化を提示するものである。

このように、CEDEJ のこれら研究プログラムは、これまで統計資料や地図資料によっては充分解明されていなかった19世紀前半のエジプト近代社会の変動を明らかにすると同時に、19世紀初頭から現代にいたるエジプト社会の長期的な社会変動を統計情報や地理情報によって総合的に解明しようという重要な意義を持つものである。

 

(たなだ・ひろふみ 早稲田大学人間科学部)

 

 

 


 

 

    6つの横断的研究プログラムがあり、それらは経済自由化、1800年以降の都市成長、1846年センサス、スーダン研究、エジプト法制度、エジプト政治事典である。

 


 

 

参考文献:

    Alleaume, G.& P. Fargues,“La Naissance d’une Statistique d’Etat : Le Recensement de 1846 en Egypte,” a paper presented at Arab Regional Population Conference, Cairo, December 8-12, 1996.

    CEDEJ, PROGRAMME DE RECHERCHE 1997-1998, October 1997. Denis,E.& F. Moriconi-Ebrard,”La population de l’Egypte 1897-1996, Les modalites regionales de la croissance,”L’information ge´ographique, no.1, 1998.